060:勇者はダンジョンへと挑む② ~追放サイド~


 わざとらしく「フゥーーーーッ」と大げさに溜め息をついてから、クリムは手で顔を覆った。

 自ら触れてみるとその顔が引きつっているのが良く分かった。 


(なんだ? 何言ってんだコイツ? 回復しかできない攻撃力ゼロのクソザコのくせに!! 回復スキルが少~~~しばかり貴重だからって何を急に調子にのってやがるんだ!?)


 落ち着け、落ち着け。

 俺は勇者、イケメン、選ばれし者……。


 そう言い聞かせ、まるで笑顔の仮面を取り付けるように自分の顔を撫でると、顔から手を離した時にはそこには嘘で固められた勇者の笑顔が戻っていた。


「お、お~いおい……どうしたんだぁ? キキー、それはジョーダンのつもりか? 慣れない事はするもんじゃないな、全く笑えないぜ!!」


 冗談めかして言ったつもりだったが、後半になるとやはりイライラが隠しきれていなかった。

 キキーだけでなく、ここ数日の自分の思い通りにいかない出来事へのイライラが思い出されてフツフツと湧き上がってきたのだ。


「私はくだらない事は言わない。言葉の通りだ」


 キキーはそんなクリムの苛立ちに気づきながらも歯牙にもかけず、それだけ冷たく言ってクリムを無視するように歩き去ろうとする。


「ちょ、待てよ!!」


 話は終わってない! と、キキーのその肩に触れようとして、クリムの手がビクリと止まった。


 今と全く同じ状況を……トンテオを思い出してしまったせいだ。

 チリッと、頬に熱を感じた気がした。

 手の平が汗ばむ。


 クソッタレ!! とクリムは内心で舌打ちする。


「おい、待てって!! ヴィータのせいか!? アイツがいなくなってからお前、様子がおかしいぞ!? 死んだヤツの事なんて忘れろ!! 俺たちにはもう関係ないだろうが!!」


「……は? ヴィータさんが、死んだ……?」


 あ、やべっ。

 つい口が滑っちまった。


「あっ、いや! そうじゃなくて、ちょっとした例えじゃねぇか!? いなくなったヤツの事、って意味だよ! ヴィータはもういないんだからさ……!!」


 今まで見たことのないような、鋭い怒りを宿したキキーの視線から目を逸らしながらクリムは慌てて誤魔化した。


「あの人がそう簡単に死ぬはずがない。会話の弾みでもそんな事、自然と口に出るハズがない!」


 が、キキーの怒りは収まるなど様子がなく、クリムは誤魔化しは失敗だったとすぐに察する。


「……あの人に何かしたのね?」


「バッ、バッカだなぁ……!! 俺たちは仲間だったんだぞ? 何もするわけないだろう!?」


 今このタイミングでキキーに不信感を持たれるのはマズイ。


 ダンジョン攻略に回復スキルは必要不可欠だ。

 まだキキーの代わりが務まる人材は見つかっていない。


 それにキキーにはロリコン王への貢物みつぎものとしても役目も残っている。


 なんとか誤魔化し、機嫌を損ねないようにしなければならない。

 用さえ済めば、こんな生意気なガキはこっちから願い下げだ。


(普段は「死ね」とか言ってたくせに、やけにあの野郎の肩を持ちやがる……!! ワケわかんねぇ~……!!)


 そもそもパーティメンバーにはヴィータを国外追放した話はしていない。

 勇者パーティとしては、あくまでもヴィータをパーティから追放しただけだ。


 それにもなかなか納得しなかったキキーには「ヴィータのため」にと嘘を伝えて納得させたと言う経緯もあった。


 クリムは脳をフル回転させ、この場を誤魔化すための言葉を組み立てる。


「お、お前は聞かされてないのか? アイツは国外追放になったとかで、魔界に放りだされたとか……反逆罪の疑いがあるとか、どうとか……」


 これなら嘘は言っていない。

 それを主導したのはクリム自身ではあるのだが、それは今言う必要はないというだけ。


 そしてクリムは……


 このクリム様は最後には国の王に登り詰める存在だ!!

 だから、その計画の邪魔になるという事はすなわち国への反逆者と言っても間違いはないのだ!!


 なんて本気で思えるオメデタイ思考回路を持っているのだ。


 そしてもちろん、そんな思考回路で導き出された答えがキキーに通用するわけもないのである。


「そんなの話が違う!! いや、魔界への追放なんて……王家と言えど、人類にとって最高戦力である勇者パーティの仲間をそう簡単に国外へ追放できるワケがない。都合よくパーティ追放のタイミングがそろったから国外追放にした? まるで計画されていたみたいに……?」


 クリムはキキーの目に宿る怒りが殺意へと変わっていくのを感じとった。

 癒しを司る木の勇者にあるまじき表情だ。


 キキーの中で、繋がってはいけない点と点が繋がりつつある。


(マズイ……! コイツは脳ミソゆるふわなオリバやアイリと違って頭が回る。今このまま、これ以上この話を追求をされるのは良くない!!)


「と、とにかく今はこれから行くダンジョンに集中してしろっ! 仕事の前に余計な事を考えるんじゃねぇ……!! 今回からは俺たちだけの戦いじゃねぇ、サブパーティの連中の面倒も見ないといけないんだからなっ!! 抜けるとしても今はまだ勇者だろうがっ!! だったら勇者としての責任を果たせっ!!!!」


「…………くっ!! そんなことは、わかってる!! だが、やはりお前は信用ならない! 付き合うのは今回までだから!!」


(な、なんだと~~~~~~!!?? お、お前だと!? この勇者に向かって!?!? 生意気なメスガキがぁ~~~!!!!)


 今度こそクリムを置いて歩き去るキキーを、クリムは鬼の形相で見送る事となった。


 キキーとの関係性は最悪に近いが、なんとか誤魔化せた。

 うん、誤魔化せたよな?


(クソッタレ!!!! なんなんだよ、どいつもこいつも!!??)


 怒りに呼応して、クリムの手は魔法剣が現れていた。

 荒ぶる感情と共に飛び出そうとする炎を何とか抑え込んだ。


 クリムもキキーの後を追うように集合地点へと向かう。


(この仕事が終わる前に、なんとかしないと……!!)


 その手の中では火の魔法剣がブスブスとくすぶり続けた。

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