047:魔界の冒険者ギルド②


 冒険者ギルドの中は内装も人間のギルドと良く似ていたが、外見と同じくこじんまりとしていた。

 人間のギルドでは採取や討伐、ダンジョン攻略などいくつかに分かれている受付カウンターらしきものが1つしかなく、併設された酒場の方が広く本体のようになっている。


「シャー」


 冒険者ギルドの受付カウンターには蛇がいた。


 緑色の鱗に覆われた蛇が頭をもたげ、ルビーのように真っ赤な瞳がヴィータを見る。

 チロチロと舌を揺らし、値踏みするように首をかしげた。


「受付って、このヘビ……?」


「これはメデューサのイネスだ。本体はカウンターの下で寝てるぞ」


 オトワがカウンターに乗り出し、その下を覗き込む。

 ヴィータもそれを真似して見てみると、確かにそこに本体らしき人物がいた。


「すや……すや……」


 髪が蛇になった少女が丸まって眠っている。

 わりやすい寝息である。


 だが本体は寝ていても蛇たちは起きているらしく、頭の上で常にモゾモゾと動いていた。

 そんな不思議な髪の中の一本がこうしてカウンターの上で店番をしているらしい。


 ゾンビやスケルトン、そもそもスライムが流暢にしゃべるのを見てきたヴィータは、今更しゃべる蛇くらいでは驚かないつもりだったのだが、まさか髪の毛が受付しているとは予想外である。


「見た目はただの蛇だが、ちゃんとイネスとして意思疎通もできるぞ。我の分身体と似たようなモノだな」


 そう言いながらオトワは勝手にカウンターから書類を引っ張り出していく。


「冒険者ギルドへの新しい登録希望者だ。手続きを頼む!」


「シャー!」


 オトワが何かを書き込んで蛇に渡すと、蛇はそれを咥えて何やら奥の部屋へと入って行った。

 本当に意思疎通できている。

 というより、留守番どころか仕事までこなす事にヴィータは驚いていた。


(しかもあの蛇、めちゃくちゃ伸びるんだな……)


 と不思議な気持ちで感心していると、グイとオトワが手を引いた。


「では早速、登録テストをしよう! こっちだぞ、ダーリン♡」


「え? 良いのか、勝手に進めて……」


「大丈夫! 我はこの街の魔王になるスライムだからな!」


 オトワは良く分からない事を言っていた。


 てっきり、受付の蛇が書類を処理するのを待つのかと思っていたが、そんな関係ないと酒場の方へとどんどん進んで行く。


 閑古鳥かんこどりが鳴いてそうな活気のない酒場のコーナーを抜けると、その先には小さな中庭のような場所があった。


 中庭の床やテーブルにはいくつかの的や水晶のような魔道具が乱雑に置かれている。

 どうやら人間のギルドにもあった訓練場のような場所らしいとヴィータは推測した。


 本当に同じ作りである。


「魔界にも冒険者……それもモンスターの冒険者がいたなんてなぁ……」


 ヴィータは驚きを通り越して、もうなんだか感心しはじめていた。


「まぁ、冒険者と言っても形式だけだけどな。冒険者として金を稼いでいる魔族なんて少ない。みんな好き勝手やってるし、冒険者ギルドは情報共有の場くらいの感覚で残ってる程度だ」


 どこかさみし気な表情を浮かべたオトワの表情から目を逸らすように、ヴィータはギルドの中を見渡した。

 なるほど、とその寂れた様子に少し納得する。


「この登録テストも形骸化しつつある……だが我が作りたい世界は秩序のある世界だ。秩序が社会を作る。そのためにはまずは王になる我が規則を守らないとな!」


 ヴィータがかける言葉を探している間に、オトワはパッと笑顔に戻る。

 その表情にはいつものオトワらしい、力強い元気さが宿っていた。


 天真爛漫なこのスライムの女王にも何か秘めた思いがあるのだろう、とヴィータは思うし、それが何なのかすごく気になる。

 オトワが成し遂げたい何かがあるのなら、できるならその力になりたいとも思う。


 だが、今は何も聞かない。

 聞けなかった。


 その心の内への踏み込み方がヴィータには分からないからだ。


「では始めよう! 冒険者の登録テストは全部で4つだぞ!」


「お、おう! いつでも行ける!」


 ヴィータは少しだけ寂しさをおぼえた気持ちを無理やり切り替えた。


 少なくとも、今オトワが求めているのは自分の暗い顔なんかではないと、それくらいは分かるからだ。

 オトワの隣には笑顔の自分でいてやりたい。


 そう思い、ヴィータはできる限りの笑顔を作った。

 少しくらい無理してでも、そうするべきだと思ったのだ。


「うわっ!? どうしたんだ、ダーリン!? なんだか顔がおかしな感じで引きつっているぞ!?」


 やっぱりは無理は良くない。

 ヴィータはそう思った。

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