045:魔界の街並み


「これが本当の魔界、か…………」


 魔王城の地下室で、オトワが「魔王パーティへ入ってくれ!」と差し出した手を、ヴィータは確かに握り返した。


 オトワは満面の笑みを咲かせて、更に強くヴィータの手を握り返した。

 そして「決まりだ! さっそく冒険者ギルドで正式に手続きしよう! すぐ行こう!」とはやる気持ちを抑えきれない様子で大興奮のオトワだったが、エノンが冷静に「せめて朝ごはんくらい食べたら?」と引き留めた事から、ヴィータ達はまずは朝食をはさむことになったのだ。


 そして食事を終えて、ヴィータは今、初めて城の外へと踏み出したのである。


 巨人でも通れそうな城の玄関扉を抜け、さらに巨大な城門を超えて、やっと城の外へと辿り着いた。

 その目の前には長い長い階段が下へと伸びており、その階段の先に魔界の景色が広がっていた。


 それは街の景色だった。


「ふ、普通だ…………」


 人間の世界と変わらない。

 石や煉瓦で作られた家や店が並ぶ街並み。


 唯一の違いは、その街並みを行きかう人々の姿がモンスターであるという事だ。


 ゴブリンのような緑色の小人。

 コボルトのような犬耳と尻尾の獣人。

 オーガのような頭に角を生やした赤肌の巨人。

 インプのような黒い羽でフワフワと浮遊ながら進む少女。


 恐らくはオトワが教えてくれた魔族たちなのだろう。

 中にはペットを散歩させるみたに魔獣を連れている者もいた。


 朝食時だからか、家の煙突の所々から白い煙が上がっている。

 風に乗って何かの肉を焼いたような香ばしい匂いが運ばれてきた。


 人間界のどこにでもあった、ただ普通の生活の匂いだ。


「人間の世界と同じか?」


「うん。すごく、似てる……」


 似てるが、同じではない。


 街並みのさらにその先に、巨大な朝焼けが燃えていた。

 人間界ならばとっくに日は上っている時刻であり、その大きさも別物のように巨大である。


 巨大な朝焼けに隠れるように、青く光り小さな月のような大きな星も見える。

 月は2つ、双子のように並んでいた。


 似ているが、確かに何かが違う世界なのだ。

 

 その何かはヴィータには良く分からない。

 ヴィータが、そして人類が知らない秘密がこの世界にはあるのだろう。


「ダーリンたちから見えるとそう見えるだろう。我らからすれば、人間界が魔界と同じ姿をしているように見えるのと同じことなんだろうな。不思議なものだな」


「そう、だな……本当に不思議だ」


 ヴィータには世界が今まで以上に広く感じられた。

 自分が何も知らない無知な存在に思えて、それが少しだけ怖くなる。


 人間の世界を追放されてから、もう何度目か分からない未知への恐怖に襲われる。

 そんな時、ヴィータの手を優しく引くのはいつだってオトワの笑顔だった。


「さぁ、街に出よう! 我の住む世界をダーリンにはもっと知って欲しいんだ!」


 オトワに引っ張られるように、ヴィータは長い階段を駆け下りた。

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