043:魔王たちの朝食①


「ここはマインお姉さまの部屋よ。聖域よ! ほら、人間! さっさと出た出た!」


 ヴィータがワープポータルで転移してきた場所はオトワの城の地下室だった。

 そこは大賢者マインの寝室であり、研究室であり、書斎となっている部屋である。


 どうやらメイドのエノンは大賢者マインが大好きらしく、自分以外がマインの部屋に長居するのを好まないらしい。


「ここが食堂よ」


 エノンに追い出されるようにしてマインの部屋から出て、正面の薄暗い階段を上がると、目の前には大きな食堂が広がっていた。


「おぉー……」


 人間世界の超大国ズァナルで一番大きな王城、アナヴィ王城よりも広いのだから驚きで思わずヴィータの口が開く。

 ヴィータはアナヴィ王城の食堂なんて一度見たことがある程度だったが、そんなパッと見ただけの印象でも差が分るほどオトワの城は巨大だった。


 部屋の中央に伸びる長く大きなテーブルには大量の食事がすでに用意されていた。

 城の食事は全てメイドのエノンが担当しているらしい。


「とりあえずオトワが帰って来るって言うから用意してたのよ。まさか本当に人間を連れて帰って来るとは思わなかったけど!」


「そうだったのか。なんだか急に来てしまってすまないな」


「べ、別に人間のせいじゃないでしょ。オトワの性格くらいアタシも理解してるわよ?」


「そう言ってくれると助かるよ。それにしても、一人でこの量を……?」


 テーブルに並べられた料理の数々は、人間界でも見たような鶏肉や豚肉のようなお肉から色とりどりの野菜のサラダやスープなど、量だけでなく種類も豊富で、その一品一品に手間がかかっているように見える。

 王城ではパーティの際には10人以上のお抱えの料理人が腕を振るっていると聞いたこともあって、それに匹敵する量を1人でこなすスケルトンの姿はヴィータには想像もできなかった。


「そうだぞ! エノンはすごいだろ!?」


「なんでオトワが自慢気なのよ? まっ、メイドだからこれくら当然だけどね!!」


 そう言いながらもエノンはかなり得意げな様子だった。

 骨だけなのになぜかその表情と言うか、機嫌がわかりやすい。

 なかなか不思議な骨である。


「さぁ、ダーリン♡ 一緒に食べよう♡ エノンの手料理は絶品なんだぞ!」


「人間も気にせず食べて良いわよ。どうせ追加しないと、これくらいじゃ足りないから」


「えっ?」


 オトワに連れられて席に着くと、すでに向かいの席ではマインが食べ始めていた。


 どうやらゾンビは燃費が悪いというのは本当らしい。


 マインは無表情のままだが、たまに「うまい」と呟きながらパクパクと一定のリズムで食べ続けている。

 一口は小さいが、そのスピードはかなりの物だ。


 ほっそりとした少女の肉体の食べたものがどやって収まっているのかが不思議なくらいで、胃袋が無限収納のアイテムボックスにでもなっているのだろうかと疑いたくなる量である。


「いただきまーす!」


 一方で、オトワは豪快にお肉にかぶりついたり、スープの器を傾けて飲み干したりと中々に男らしい食べっぷりである。

 見ていて楽しくなる元気いっぱいの食事風景だ。

 

 そしてその食べる量はマインにも負けず劣らずといった具合である。

 食べ方は対照的ではあるが、その量はどちらもすさまじい。


「い、いただきます!」


 実を言うとヴィータも大食いには自信があった。


 ヴィータの人知を超えた身体能力は、その身体が持つ超高密度の筋肉に由来する。

 発揮するパワーが凄まじい分だけ消費するエネルギーも凄まじくなるわけで、食事の量もそれに比例して凄まじくなるのだ。


 その上で常に強さを求めるヴィータは日々の鍛錬も欠かさなかったのだから、食費にかかる金額もかなりのものだった。


 人間世界でたまに開催されていた大食い大会にも出場した事があるし、それらの大会では常勝不敗の大食いチャンピオンと呼ばれていた。

 大会で殿堂入り扱いされて出禁になったこともあるし、超大国ズァナルのフードファイターギルドからも名誉会員として勧誘があったくらなのだ。


 ……のだが、しょせんそれは人間レベルの話だったらしい。


「ん~、うまい! エノン、おかわりだー!!」


「はいはい、今行くわよ」


「うまい、うまい、うまい」


「ん? ダーリンも食べてるか? ほら、遠慮はいらないぞ♡ はい、あーん♡」


「ちょっとオトワ、人間は普通そんなに食べないわよ?」


「うまい、うまい、うまい」


 異次元の胃袋をもつ元魔王たちを相手に、久しぶりに敗北感というものを感じたヴィータだった。


「うぷっ……」


「ダ、ダーリンンンーーーーーー!?!?」

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