042:勇者は邪魔者を始末したい④ ~追放サイド~


「そういう事ですので、クリム様。今回の件は申し訳ありません」


 バーのマスターは拭いていたグラスを置くと、初めてクリムの方を見た。


「暗殺者ギルドとしては一度受けた依頼を断りたくはない。ギルドの名前に傷がついてしまいますから。ですが、クリム様からの依頼にはかつて、あの破壊神……ヴィータさんのようなケースもありました。トンテオさんはヴィータさんとまではいかなくとも、それに近い相手になるでしょう。そこまでのリスクは負えないというのが暗殺者ギルドの判断です」


「う、くっ……!」


 またヴィータの野郎かよ!!

 と、憤る気持ちを抑える必要はなかった。


 笑みを浮かべているのか、開いているのかも分からないようなマスターの細い目に宿る眼光に、クリムは喉がつまりそうだったからだ。


 勇者たちがモンスター退治の専門家で、暗殺者たちが殺人の専門家とするならば、ヴィータは破壊の専門家と言える。

 その対象が人間だろうとモンスターだろうと何だろうと関係ない。


 敵と見なされれば破壊されるだけ。

 破壊神とは良く言ったものである。


 ヴィータは今回の依頼を除けば、暗殺者ギルドが唯一白旗を上げた存在だ。

 その依頼をした張本人であるクリムもそれは知っている。


(そこまでかよ、トンテオのヤバさは……!!)


「ご理解いただけましたら、本日はお引き取りを。またのご依頼をお待ちしております」


「ま、また来るからな!!!!」


 と、捨て台詞のような言葉と共に金の入った革袋を乱暴に掴み、クリムは逃げるようにバーを後にした。


「くそったれぇ!! ふざけんなよ……! どいつもこいつも……っ!!」


 裏路地に戻ると、クリムはガァン!! とゴミ箱を思いっきり蹴飛ばした。


 なんで依頼人である俺さまがこんな扱いを受けてるんだ!?

 全く意味が分らない!!


 ただ、一つだけクリムの中で確かな事があった。


「ヴィータぁぁぁっ!! あンの、疫病神がぁあああああああああ!!!!」


 やはりヴィータだ。

 またしてもヴィータの名前が邪魔をしやがった。


 ヴィータを追放してからというもの、何かとケチがついて回る。

 その事実がクリムを異様なまでに苛立たせた。


 不吉で不幸な落選者なんかに関わったからこんな目に合っているんだ。

 魔王討伐のためとは言え、やはりあんな化け物をパーティに引き入れるべきではなかった。


 クリムは過去の自分を恨んだ。

 もっと慎重に、別の方法を取るべきだったのだ。


 元々ヴィータは田舎生まれで家族も友達もおらず、何も持っていなかった。

 弱みと言う物がなかったのだ。

 そして欲もない。


 ある意味で無敵とも言えるだろう。

 クリムにとって最も支配し難い相手だった。


 便利な物には毒があるものだ。


 今更それを悔やんでいでも仕方がない。

 今はトンテオだ。


 これからどう対処していくべきか……それが問題なのだ。


「くそ、どうする……!?」


 明日には次の仕事があるというのに、面倒な問題が増えてしまった。


(俺さまの目でもまるでナイフの動きが追えなかった。性格に難はあったが、確かに暗殺者としての技量はすさまじいんだろうよ……)


 リックと呼ばれていた暗殺者の少女は、クリムの要望通りに殺しの腕だけは「一流」だったのだ。

 バーから出ても、まだ首筋にナイフの冷たさが残っているようだった。


 そんな暗殺者でも手に負えない相手……。


 ある意味では良い選択だったと考えられる。


 例えば「下手な暗殺者が力量の差に気付かず返り討ちにされ、口を割って情報が漏れる」なんて事態が起きれば最悪だ。

 そうなれば「勇者クリムが自分より優秀な冒険者を抹殺しようとしていた」なんて最悪の事実が明るみに出てしまうわけで、これからの計画も今まで積み上げてきたモノも全て失う事になっただろう。

 一流に依頼したからこそ、そうならなかっただけでもまだマシ……そう考える事もできる。


「チィ……!!」


 だが、暗殺者ギルドでもダメならどうする!?

 トンテオがその実力を示し始めたら、もう手に負えなくなる!!


 トンテオはヴィータとは違う。

 ヴィータの場合、最後には彼に「欲がない」という事を逆手にとって「追放」で解決できたのだが、彼女は明確な目的をもって行動している。


 そして訓練場で最後に見せたあの無機質な表情。

 それは人間相手だろうと容赦なく牙を向く獣と同じだった。


 人間の常識が通用しない相手なのである。


 もしもトンテオの行動がクリムの計画の邪魔になった時、それを排除する手段がないのだ。

 不安要素としてあまりにも大きすぎる。


 少なくとも、トンテオの力が王の目に止まる前には何か手を打たなくては…………。


 耐えがたいストレスからガリガリと爪を噛みながら、クリムは街の雑踏へと消えていった。

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