040:勇者は邪魔者を始末したい② ~追放サイド~


 このバーには暗殺者ギルドのメンバーと、そしてこの場所を知るその依頼人たちしかいない。

 それ以外は、いてはいけない。


 もちろんバーのマスターも暗殺者ギルドの一員である。

 依頼人にナイフを突きつける暗殺者と言う2人の様子を、まるで気にする様子もなくグラスを磨いていた。


「説明が必要ならしてやる。いいか、アンタの事は信用しているんだ。ギルドとの付き合いも長いみたいだからな。それに今回の件、アンタが嘘をつく理由もない。だから今回の依頼は至極、真っ当な依頼なのだろう」


 少女はナイフを突きつけたまま話を続ける。

 おかげでクリムも両手を挙げた降参の姿勢のまま話を聞くしかない。


 クリムは最強の勇者を自負している。

 真正面からの戦いでなら暗殺者ギルドが相手でも負けない自信があった。


 だが殺しに関しては別だ。

 クリムが殺すのはあくまでもモンスターだ。

 効率よく人間を殺す手際では暗殺者に到底かなわない。


 ましてやこの至近距離、魔法剣を出現させる暇すらもない状況では……もう、クリムにはどうしようもないのだ。

 

「だ、だったら何故だ……!?」


「この国で金髪碧眼は目立つ。なのにターゲットが訓練場を出てからの足取りすら掴めない。足跡すらだ」


「だから依頼したんだろう!?」


 暗殺者ギルドは諜報ギルドでもある。

 殺しのプロであると同時に、暗殺のために情報を集めるプロ集団でもあるのだ。


 そしてクリムの依頼にはトンテオの暗殺と、可能ならトンテオの弱みを握る事が含まれていた。

 トンテオを完全に支配下に置けるほどの弱みを握る事ができれば殺す必要などなく、むしろ殺すのが惜しいくらいなのである。

 だから弱みを握る事が出来ればトンテオは殺さず、むしろ探り当てた弱みに対して追加で多額の報酬を支払う契約だった。


「アンタの言う通り、訓練場での目撃証言は確かなものだった。ターゲットは間違いなく実在する人間……なのにその痕跡がまるでない。ハッキリいって異常だよ。普通じゃあないんだ。ウチが本気で動いて、そして足跡一つすらも見つけられないなんて事はな」


「おいおい、待てって! 諦めるには気が早いだろ!? まだたった1日じゃねぇか!? 時間をかければ情報なんて……」


 実際にはまだ半日も経っていない。


 審査が終わったのが昨日の夕方で、トンテオの存在に危機感を募らせたクリムはすぐに暗殺者ギルドに連絡を取って仕事を依頼した。


 そして今日。

 まだ日が高く上る時間帯だ。


 珍しく暗殺者ギルドの方から急な呼び出しがあったため、クリムは「早めに仕事が終わったのか」と思ってウキウキでやって来たのである。


「おい、言葉を慎めよ」


「ぐひぃっ!?」


 今まで以上に怒りのこもった少女の言葉と共に、ナイフの刃がわずかにクリムの喉に食い込んだ。

 クリムの口から思わず勇者らしからぬ情けない悲鳴が上がる。


「私たちをなめるな! 素人が情報の価値を気安く語るんじゃない!!」


「ひ、ひぃっ!?」


 クリムの不用意な言葉が少女の怒りに触れてしまったようだ。


 なにが「私は常に冷静」だよ!?

 なにが「一流だから」だよ!?


 クリムは思わず突っ込みたくなる。

 目の前の少女は、クリムが出会ってきた中で間違いなく最も感情的な暗殺者だった。


 暗殺者ギルドのメンバーたちは己の心を殺して仕事に身を捧げる殺人マシーンだと言われる。

 一流の暗殺者ほど冷徹で、だからこそ情け容赦なく、ターゲットがどんな相手でも仕事を完璧に遂行するのだ。


 だが、この少女は感情を殺すつもりがないらしい。

 むしろ剥き出しである。


 そもそも仕事を依頼した暗殺者に、依頼人であるハズの自分がナイフを突きつけられるなど、どう考えたっておかしい状況だ。


 トンテオというターゲットのヤバさくらいは一目見れば誰にだってわかる!!

 だからいつもより高い金を払って「一流」の暗殺者を頼んだってのによぉ!!

 暗殺者ギルドめ、なんてヤツをよこしやがったんだよ!?

 とんだジャジャ馬じゃねぇか!!


 と、クリムは恨み言を言いたくなる気持ちをグッと心の中に抑え込んだ。


 この怒りの沸点の低い少女の事だ。

 それを口に出せば本当に勢いで命を取られかねない。


 くそったれ!!


 何で俺が脅されてるんだ!?

 何で俺がこんな目に合うんだよ!?!?


 そもそも、コイツは本当に一流なのか!?


 そんな疑問を抱いても、今はそれを追求する事すらできないのだ。

 この場において、クリムは圧倒的に弱者でしかなかった。

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