039:勇者は邪魔者を始末したい① ~追放サイド~


 勇者パーティ新メンバーの審査を終えて、その翌日。


 勇者クリムは1人、薄暗い路地裏を歩いていた。

 出来るだけさりげなく周りを気にしながら、奥へと進んで行く。


 裏路地の先には無造作に置かれたゴミたちに隠れるようにして地下へと続く階段があり、さらにその先には落書きだらけの壁と同化するようにとある店のドアが隠されている。


 クリムが壁の前に立つと魔力認証により音もなく扉が開いた。

 中には寂れたバーがあった。


 ドアがロックされたのを確認して、クリムは素顔を隠すためのローブを脱いだ。


 バーのカウンターには1人、フードを目深にかぶった先客がいた。

 他に客の姿はない。


 クリムはカウンターの席に着いた。


「いらっしゃいませ」


 バーのマスターらしきダンディなヒゲの男がクリムにそう声をかける。


「ギムレット」


「かしこまりました」


 クリムはしっかりと合言葉を返す。


 ここで返答を誤れば、その場で自分の首が飛ぶ事になる。

 通い始めの頃こそ緊張していたが、今となっては慣れたものだ。


「どうぞ」


 上品な小さいグラスにブレンドされた白っぽい酒を、クリムは一息に飲み干した。


 度数は高めだが口当たりはすっきりとしていてキレがある。


 異国の酒らしいが、悪くない。

 悪くないのだが、やはり少し物足りないな。

 冒険者が飲みなれているのはもっとどぎつい酒ばかりなのだからな。


 なんていつもの感想を思い浮かべつつ、思考を切り替える。


 そして隣でフードを被ったままの誰かに、クリムは小さく問いかけた。


「どうだった?」


 フードを被ったままのその人物は振り向くこともなく、冷たい声色で淡々と答える。


「名前はトンテオ。金髪碧眼の少女。新入りの冒険者。火の魔法剣の使い手。それ以上の事は分からない」


「……おいおいおいおい、それは何だ? 冗談のつもりか? 根暗な暗殺者ギルドの人間にしては珍しいな。お前らが冗談を言ってる所なんて初めて見るぜ?」


 クリムは手にしていた空いたグラスをテーブルに叩きつけ、苛立ちを隠しもせずに苦笑いを浮かべた。


 そんな事は知ってる。

 それはクリムが仕事を依頼するために渡した情報だからだ。


 ここは暗殺者ギルドの隠れ家の1つだ。

 暗殺者ギルドは超大国ズァナルの王族、貴族と通じる影のギルド。

 決して表舞台に出る事はない情け容赦のない汚れ役、裏の掃除屋。


 クリムは審査に現れた規格外の化け物……トンテオの暗殺をギルドに依頼していた。


 カン、とクリムのグラスがたてた音がカウンターに響く。

 そして少しの沈黙の後、フードの人物が小さくため息をついて、やはり淡々と告げた。


「今回の件、ウチは手を引く。契約は不成立だ。金はいらない。前金も全額、この場で返す。それで今回の話は終わり……」


 そういって懐から丸々と膨れた革袋を取り出してクリムの前に置いた。


「なにっ!? おい、どういうことだよ!?」


 思わずクリムは、乱暴にその肩を掴んだ。

 フードが揺れて、ハラリとその素顔が明らかになる。


 鋭い眼光の少女だった。

 ギルドの暗殺者は何人か見てきたが、初めて見る顔だった。


 そして一瞬にしてクリムの首元に突き付けられた刃が、ギラリと光った。


「うっ……!?」


 口元は首までマスクで覆われていてその顔の全貌は拝めないが、目元だけでも分かる。

 まだ若く見えるが、熟練の殺し屋と同じ眼をしている。


 人の命を奪う事になんの躊躇ためらいも戸惑とまどいもない、獣の眼だ。


 相手が例え国を代表する勇者だとしても、この少女はその刃を振り抜くことに迷いもしないだろうと分かる。


 クリムは両手を挙げて降参の意を示し、情けなく命乞いをするハメになった。


「ま、待てよっ……わ、悪かったって!! 俺が悪かった……! お、落ち着いてくれよ……!!」


「落ち着くのはお前だろう。私は常に冷静だ。一流だからな」


 どこかだよ!?

 と、クリムは心の中で突っ込んだ。

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