037:メイドさん


「それにしても、まさか大賢者と友達だとはな……」


 魔王あつかいされていたクイーンスライムのオトワに、元魔王と言われる闇落ち大賢者のマイン。

 人類から見ればこの上ない凶悪さの組み合わせである。


(勇者たちが見たら発狂するかもな……)


 だが今はどちらも可愛らしい少女の姿であり、ヴィータには彼女たちが人類を滅ぼさんとする敵にはとても見えなかった。


 そもそも魔界で大賢者が生きていた事が人類にとって驚愕の事実であるのだが……


「あともう一人、我の友達を紹介するぞ!」


 オトワが扉に目を向けた時、ちょうどドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。


「おっと、噂をすれば向こうから来てくれたみたいだ」


 そしてバーンと勢いよくドアを開け、そこに現れたのは人骨であった。


「オトワー? 戻って来て……る……? ぎゃー!? 男!? 人間の男ー!?」


 そしてなぜか驚かれるヴィータだった。

 驚きたいのはこっちだ、と思う。


 ドアを開けて転がり込んできたんは動く人骨だった。

 人間がスケルトンと呼ぶモンスターだ。


 服装はメイド服で、手には箒。

 頭部にはカチューシャも装備されている。

 そしてなぜか頭蓋骨の両サイドからは髪の毛が束になって生えていて、ボリュームのあるツインテ―ルのようになっていた。


 全身が骨なのにそのどこから出ているのか謎な声は妙に女の子らしい高音で、ヴィータはスケルトンに性別があるのかどうか知らなかったが、少なくともこの個体は少女なのだと推測できた。


「エノン! ヴィータを連れてきたぞ!」


「ふ、ふーん? アンタがヴィータね! あっ、カンチガイしないでよね!? 別に人間を初めて見たくらいでこのアタシが驚いてなんかいないんだからね!?」


「え? お、おう……?」


 ヴィータはすぐに理解した。

 またクセが強いのが出て来たぞ、と。


「こいつはエノンだ。我が城のメイドさんなんだ!」


 見た目のままの役職だった。


「エノンよ! この城を管理してる。よ、よろしくしてあげてもいいわ、人間!」


 エノンはメイド服のどこからとりだしたのか、手鏡でツインテ―ルをサッと整えて、とても偉そうに挨拶をした。


「お、おう。よろしく? 俺はヴィータ……」


「知ってる。アンタ話はオトワからさんざん聞かされてるから今更、自己紹介なんて良いわよ。アンタも大変ね、変なヤツに気に入られちゃって」


 ヴィータにはエノンもかなり変なヤツに見えたが、それは心にしまっておいた。


(というか、普段から何を話しているんだオトワ!?)


 めちゃくちゃ気になるが怖くて聞けないヴィータだった。

 せめて好意的な話である事を祈るのみである。


 それにしてもスライムの女王に、ゾンビの参謀、スケルトンのメイドさん。


 う~ん、これが魔界か~!


 魔界に来た瞬間からわりと大きめのカルチャーショックに襲われるヴィータだった。

 モンスターの生活拠点に足を踏み入れるのだから、予想外や想定外は覚悟していたが……まさかゾンビが参謀しているとは思わない。


 ヴィータは魔界で人間界の常識が通用しない事を改めて実感した。


「ん? じゃあ、俺は何をすれば良いんだ?」


「ん? 何がだ?」


 ヴィータが何気なく聞くと、オトワは「???」と言った表情でキョトンと首を傾げた。


「いや、マインは参謀で、エノンはメイドさんなんだろう? 俺もここで世話になるなら、何かしないと……」


 オトワの役割は分からないが「我が城」というくらいだから家主だろうか。


 組織に所属するために自分の利用価値を示す。

 それはヴィータがほとんど無意識に行ってしまった思考であり、人間の世界での暮らしでしみついた感覚だった。


 落選者であるヴィータに生まれついての人間としての価値などなく、ずっと道具同然の扱いを受けてきた。

 道具が価値を示すには、その道具としての利用価値を示すしかない。


 ヴィータの場合、それが対モンスター向けの戦闘兵器としての価値だった。

 結局、どれだけ価値があっても使い終われば捨てられることには変わりがないのだが。


「なるほど! 良い心がけだな! さすがダーリンだ♡」


 すでにこれまでのヴィータの経歴を聞いていたオトワはなんとなくそれを察知し、やさしく受け入れた。


 深く染みついた習慣は簡単には変えられない。

 それは思考も同じだ。


魔界ここではそんな窮屈な考え方、しなくても良いんだけどな)


 それでも愛しい人が望むなら、その場所を与えたい。

 オトワはそう考えるのだ。


「そうだな……ダーリンは何がしたいんだ?」

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