036:大賢者さま
ヴィータの驚きの声が薄暗い部屋に反響した。
なぜなら、紹介されたオトワの仲間が人間世界の英雄と同じ名前だったからだ。
「お? ダーリン、マインの事を知っているのか?」
オトワは自慢の宝物を褒められた子供のように眼を輝かせた。
それはかつて勇者の1人であり、この世のあらゆる魔術を使う大賢者と呼ばれた存在である。
魔法剣が広く人類に授けられるより以前、まだその使い手が少なく、代わりに魔術が盛んだった時代の英雄である。
歴代の勇者と魔王の戦いは語り継がれており、もちろんヴィータも聞かされていた。
数多の魔術で人間の世界を救い、そして人間界の基礎を築いたとも言われている偉人だ。
「人間にとっての偉大な英雄の1人だぞ!?」
だが大賢者マインにはもう1つ、有名な逸話があった。
それは当時の魔王との最終決戦での話だ。
魔王とマインの実力は拮抗しており、最後の戦いで2人は相打ちになった。
その時、死の際で魔王の力に触れ続けたマインは闇の賢者となってしまい、最後には人類に牙をむいたという闇落ち伝説である。
「うむ、マインは人間だ! だが自らに……黒魔術? をかけてソンビになったんだ!」
「そうです、私が大賢者です」
「なんで!?」
闇落ちしてからの話は諸説あり、真相は不明とされていた。
次の世代の勇者が倒したとか、体が耐えられずに消滅したとか、魔界の闇に消えたとか……。
だが人類に牙を向いたという事実だけは共通しており、それゆえに大賢者マインは英雄でありながら魔王にも数えられる稀有な存在となったのだ。
まさかそんな都市伝説的な話で、本当に魔界の闇に消えていたとは驚きである。
何でゾンビ化する必要があるのか意味不明ではあるが。
「大賢者は何でも知っている。私がゾンビ化したその理由は………………」
「その理由は……!?」
「…………………………」
「ごくり……」
「…………………………」
「ん?」
「あ、フリーズしてるな。たまになるんだ。ゾンビだからな!」
「本当に大賢者なのか!?」
人類の知恵と知識の化身が思考停止しているのだから笑えない。
火の魔術を使えばモンスターは骨すらも残さず灰になり、水の魔術を使えば洪水で街が沈み、風の魔術を使えばその風は嵐となり、木の魔術を使えばどんな荒地にも森が出来たと言われる魔術を極めた存在、大賢者。
あらゆる魔術に長け、不可能を可能にする神の座に最も近づいた人間……とさえ言われた英雄。
伝説の中で語り継がれている大賢者と、無表情でダブルピースをしたままフリーズしている目の前の少女のイメージはまるで違う。
だが彼女たちがそんな嘘をつく理由もない。
「面白いだろ?」
「面白いか……?」
ゾンビと言えば不死に近い存在のモンスターだ。
人間に近い姿を持つが人間とはまるで違う、異常なほどに肉体を活性化させる特性を生まれ持った存在で、殺しても死なないと言われるほどに生命力が高い代わりに知性が乏しく「食う」「噛む」「食べる」という本能に従って生きている。
高すぎる肉体活性化の影響で燃費がとても悪く、そのせいで本能が極端に暴食に偏っているとも研究されている。
だが貧弱な肉体と脆弱な生命力しか持たない人間にとって、ゾンビのその特徴は魅力的に映ったようで、そんなモンスターの特徴を模倣して魔術化したゾンビ化の魔術が生み出されることにもなった。
そして魔術の学問において、それは確かに大賢者が生み出した魔術だと記されているのである。
伝説と照らし合わせて考えるのなら、魔王との戦いで死の際に追いやられた大賢者が最後の手段で自らにゾンビ化の魔術をかけて生きながらえようとした……という筋書きは説得力がある気がした。
「これが大賢者なのか~……」
ヴィータはとりあえず信じる事にした。
とりあえず「オトワがそう言ってるから信じよう」という気持ちと「別に騙されても実害がないし」という割り切りが理由である。
比率で言うと「オトワがそう言っているから」が9割だ。
「そうだぞ! 大賢者だぞ! マインは何でも知っているんだ!」
「その通り。大賢者は何でも知っている」
「うぉ!? 意識もどったの!?」
いつの間にか再起動したらしいマインが何事もなかったかのように会話に参戦してくる。
(俺たちの時代だと魔術なんてほとんど見る事はないけど、かなりすごい人なんだよな……)
現在の人間世界は魔法剣によるスキルの時代だ。
研究と鍛錬が必要な魔術は「コストが高い」として使われなくなり、衰退した。
奇しくも、それはヴィータの格闘術が辿ったものと同じ道である。
滅びていった魔術と格闘術。
時代に逆行するかのように、それらを極めた2人が出会ったのは何の因果だろうか。
ヴィータは大賢者マインに奇妙な親近感を覚えたのだった。
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