035:魔王城へようこそ!②


 誰かの妄想の産物だと言われていた転移の門に、ヴィータは恐る恐る足を踏み入れた。

 途中でビビって止まりかけたヴィータだが、オトワに手を引かれると不思議と不安が軽くなった気がして、一気に通り抜けた。


 通ってみると怯えていたのがバカらしいくらいに何ともなく、何の変哲もない普通のドアをくぐるようにして一瞬にして見知らぬ場所へと移動していた。


 荒野の暑さとは無縁の、少し薄暗く、少しヒンヤリとして涼しい室内。

 気温も湿度もまるで別物の空間で、本当に空間を転移したのだとヴィータは全身で実感した。


【閉門】クロセウス!」


 ヴィータが通り過ぎたところでオトワが門を閉じると、門の向こうには今いる場所と同じ部屋が続いていた。


「お、おぉ~……」


 思わず門が開いていた辺りに手を伸ばすが、当然ながらそこには何もない。


「すごいだろ!」


「すげぇ~……」


 オトワがポータルの本体らしき丸い球体を手に「ドヤッ!」と大きめの胸をはり、ヴィータは素直に感心した。


「そしてようこそ、我が城へ! うふふ……なんだか恥ずかしいな!」


 オトワが全く恥ずかしげもなく堂々と笑う。

 むしろテレっテレになっているのはヴィータの方だった。


(はっ……!? もしかして俺……お、お、女の子の部屋に来てしまったのか!?)


 今更ながらその事実に気が付いたのである。

 部屋に積もった埃、張り巡らされた蜘蛛の巣と、お化け屋敷の一室のような部屋にそんな甘酸っぱいムードなど何もないのだが、ヴィータはそれどころではないのである。


 なんだかソワソワしながら見渡すと、そこは不思議な光に照らされた薄暗い部屋だ。

 破天荒なオトワの言動から、その城の内装はもっと豪華絢爛なモノかと想像していたヴィータだが、予想を裏切って静かな室内だった。


 だが、城と言うだけあって部屋はとても広い。


 天上には不思議な青い色で部屋を照らすシャンデリア。

 壁には巨大な本棚が並んでいて、様々な本が並んでいる。


 まるで書庫のような部屋だが……


(モンスターの文字なのに普通に文字が読める……人間世界の本なのか?)


 良く分かる月光の闇、月明りの秘術入門、休日に学ぶ青白魔術……。


 並んでいる本の背表紙に書いてあるタイトルがヴィータには容易に読みとれた。

 というより、人間と同じ文字なのである。


(ていうか入門書ばっかりだな!?)


「やぁ、いらっしゃい」


「うひゃああぁぁ!?」


 背後から冷え切った真冬の水のような声がヴィータの背中に投げかけられて、思いっきり驚いた。


「ただいま、マイン! ポータルありがとうな! おかげで無事に帰ってこれたぞ!」


「おかえり、オトワ。それは何よりだよ。でもそろそろポータルのエネルギーを補充しないといけないね」


 声の主はオトワとは知り合いらしく、普通に会話を始める。

 オトワからポータルを受け取った少女はそれを少し観察し、来ている袖の長い白衣のような服のポケットにしまった。


「紹介するぞ、ダーリン♡ こいつはマイン。我が城の参謀だ!」


 驚いているヴィータに、オトワが少女を紹介する。


「マイン・ダイワーズだ。よろしくね」


 マインと紹介された少女は礼儀正しくペコリと頭を下げた。

 その動作に合わせてオデコに貼られたお札のようなものがヒラヒラと揺れる。


 声をかけられるまで、まるで気配を感じなかった。


 肉体を極限まで鍛え上げたヴィータは、五感までも研ぎ澄まされている。

 故に敵の気配を察知する能力も並はずれていた。

 特にモンスターの気配は見逃したことがないくらいなのだが、その少女からはまるで気配が感じられなかった。


 こうして目の前で挨拶していても、存在感がまるでない。

 やる気と言うか覇気というか、なんだか生気のない少女だ。


「え、えーと、ヴィータです。お世話になります」


 声をかけられたときはめちゃくちゃ驚いたが、惚れた女の手前で「別のおどろいてませんけど?」と平静を装って挨拶を返すヴィータもやはり男の子である。

 挨拶はこれで良いのか? と思いながらそれっぽい事を言っておいた。


 目の前のオデコのお札も気になるのだが、それ以上に気になるのはマインの顔色だった。


 血の気が失せているかのように青白い……というかもう青である。

 多分、不思議なシャンデリアに照らされているせいだとか、そんなレベルではない青さだ。


「あの……だ、大丈夫か? なんかすごい顔色悪いけど」


「あぁ、大丈夫だぞ。マインはゾンビだからな」


「そういうこと。ピースピース」


 なにが大丈夫なの!?

 とヴィータは思うが、本人たちは至って当然のようにケラケラと笑っている。


(まぁ、モンスターの世界だからな。ゾンビの1人や2人くらい居る……のか?)


 だが、そんな事よりもその名前の方にヴィータは意識を引っ張られていた。


「ん? マイン……マイン・ダイワーズって、大賢者のマイン・ダイワーズ!?」


 その名前は、人間の世界で伝説に名を連ねる者の名前だったのだ。

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