番外編01:ヴィータのパンチ気持ちよすぎだろ① ~魔王サイド~


 人類が人間界と呼ぶ世界を抜け、北へと進んだ先に巨大な廃墟があった。


 その廃墟はかつては人間の世界の一部であり、多くの人が住む街だったのだが、大昔にモンスターとの戦いで奪われて占拠されてしまった。


 人間たちの間でそう伝れられているその場所に、ある時から1体のモンスターが住み着いた。


 それはスライム。

 人間が指定した危険度はFランクの最弱クラスのモンスターで、本来ならば何も恐れる事はない相手だ。


 だがそのスライムはこれまでのスライムの常識を覆す再生能力と耐久性、そして本来ならば持たないハズの俊敏性と攻撃力まで兼ね備えていた。


 いつしかそのスライムは賞金首となり、冒険者たちに狙われ始める。

 だが人間が持つ唯一の武器である魔法剣にも強い耐性を持っていたそのスライムが負ける理由などなく、金と欲に目がくらんだ冒険者たちは次々に返り討ちにされていった。


 スライムはその無駄のない美しい動きからクイーンスライムと命名され、そして最後には魔王と呼ばれるまでに至る。

 そんな魔王が住み着いた建物はいつからか魔王城と呼ばれるようになっていた。


 魔王の名はオトワ。

 突然変異が生み出した異端の中の異端、最強のスライムである。


 時が経ち、ついには魔王討伐を目指す勇者パーティが魔王城へと攻め込んできた。


「魔王クイーンスライム、今日がお前の最後だ!! この勇者クリムがお前を討つ!!」


 勇者クリムが率いる最強パーティ『運命の絆』ディスティニーナイツだ。

 そしてオトワは運命の相手と出会う事になる。


「死ねっ!! 必殺……【紅蓮斬】クリムゾンブレイズ!!」


 クリムが自慢の魔法剣に炎を纏わせ、真正面から魔王をめがけて切りかかる。


 その炎を見た瞬間にオトワは避ける間でもないと判断する。

 触れても表面が焦げる事すらないだろう。


 勇者たちは弱かった。

 さすがに勇者を名乗るだけはあって人間の中では強い方ではあるのだが、それは人間たちの中での話に過ぎない。

 オトワから見ればそれは羽虫の群れの1匹のようなものでしかなく、その個体差など気にもならないレベルなのだ。


 すぐに勇者たちに興味を失い、後は自動反撃に任せて何もしない事にした。


 ここへ来た目的は十分に果たせた。

 そろそろ帰るか、なんてのんびりと考えて自動反撃を発動する。


 命を刈り取る形に変形したオトワの一部分が、クリムの魔法剣を遥かに超えた速度で切りかかる。


 が、そのまま空を切った。


 ん? と、そこで初めてオトワの興味が勇者たちに向いた。


「なっ!? ヴィ、ヴィータ……!! クッ、落選者のくせに余計な事を……!! い、今の攻撃くらい自力でかわせたんだよ……!!!!」


 勇者のなかの1人が、仲間の体を突き飛ばして攻撃を回避させたらしい。


 それに対して何故か助けられた人間の方が感謝するでもなく文句を言っていて、

「いやいや……アホか?」とオトワは呆れた。

 ヴィータと呼ばれた男がいなければ、突き飛ばされてへたりこんでいる男は間違いなく自動反撃の餌食だった。


 どうやら、少しはマシな人間がいるらしい。

 しかもこの男、最近の人間には珍しく魔法剣を持っていないようだ。


 面白いな。

 と、考える間もない次の瞬間……


 オトワの体に電撃のように衝撃が走った。


(!?!?!?!?!?!?!?!?!?)


 偶然にも分身体のコアは無事だったが、体の大半が吹き飛ばされた。

 コアに触れていたら、間違いなくこの分身体を破壊されていたと確信できるほどの威力だ。


 肉体を再生するし、相手の姿を確認する。

 一人の男が拳を振り抜いていた。


 殴られた!? 

 殴られただけで今の威力!?


 ちょっとはマシ、なんてモノじゃない。

 自動モードなんかでは戦いにならない。


 と、オトワは分身体をフル稼働モードに移行させる。


 だが結局、すぐにコアを見抜かれ、分身体は破壊されてしまった。


 なんだアイツは!?

 本当に人間なのか!?


 あり得ない威力の攻撃、驚異的な身体能力、弱点を見抜く洞察力と戦闘センスもある。


 いや、それよりも……


「ヴィータのパンチ気持ちよすぎだろ!!」


 本当の魔界、本物の魔王城で、オトワのメインボディが跳ね起きた。


「わあっ!? び、びっくりするじゃない! なによ、急に!? どんな寝起きよ!?」


 ベッドのそばでメイド服を来たスケルトンが驚いた表情で固まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る