033:魔界への誘い③
「俺の世界は……」
色は世界中にあふれている。
この目で見てきたそのハズなのに……
透き通る空の青さを、それを遮る雲の白さを、足元に広がる灼熱の砂の黄色を、遠くに見える涼しげな森の木々の緑を。
その色に触れたいと思った事があっただろうか?
その本当の色を俺は知っていると言えるのだろうか?
それはまるでモノクロームの世界に朱が注がれたかのように、ヴィータが実感として知っている色はモンスターたちが流す赤い血の色だけである。
「今この時が一番楽しいと思えないのなら、その先にある死はきっと退屈なモノになると思わないか? 我はそんなのゴメンだ」
オトワの色が宙を舞い、2人を包み込んでいく。
それはとても美しい景色で、その中心にいるオトワの姿はとても綺麗だった。
世界を見つめるオトワの表情は、それは魔王のように無機質でも、恋する乙女のようでも、無垢な子供のようでもなく、女神のようなただただ優しい微笑みだった。
「だから我はダーリンに会いに来たんだ。そうすれば、今この瞬間が最高に楽しいってきっと思える気がしたから」
少なくとも今は、目の前に広がるオトワの世界に触れてみたい。
と、ヴィータはそう思う。
ほとんど無意識に、ヴィータはそのあふれる色の群れへと手を伸ばしていた。
オトワの感じた色を、その感触を知りたいと思ったのだ。
プルン、と柔らかな感触。
そこには絶妙なタイミングでヴィータの目の前へと身を乗り出してきたオトワの体があり……
「あんっ♡ ダーリンったら、意外と大胆なんだな♡」
「あっ、わ、わるい! これは、そのっ……ワザとではなくっ!!」
せっかくの良い雰囲気が台無しである。
ヴィータでも感づけるくらい絶対にワザとそうなるように移動したオトワであるのだが、だからと言って触れてしまったのは事実なので、ヴィータはなんとか言い訳を探してしまう。
そんなヴィータをからかうような小悪魔的な笑みでオトワは誘惑してきて……
「ふふ、何も悪くないぞ♡ ダーリンが望むなら♡ 我は全てを捧げる覚悟だ♡」
「~~~っ!!??」
拳聖ヴィータはチョロかった。
もう完全に「魔界、行くか!」「女の子にここまで言われちゃ仕方ないよな!」の気持ちである。
「でもそれはダーリンのためじゃない。我がそうしたいからそうするだけだ」
オトワは再びヴィータに急接近すると、その手をやさしく包み込むようにとった。
「ダーリンはどうなんだ?」
「えっ?」
「やっぱり人間の世界に戻りたいか? それとも新しい世界に遊びに行くか?」
最初は人間の世界に戻るつもりだったヴィータだが、それは生き延びるためでしかなかった。
そして今となっては、自分がそんな世界に未練を持っていない事にも気が付いてしまった。
それでも魔界への誘いを拒もうとする唯一の原因は、これまでに人間の世界で植え付けられてきた誰かにとって都合の良い常識だけだったのだが……
「自分の世界を変えるのに、今更なんて思うことはない」
それすらも、オトワはやさしくほどいていく。
「ダーリンのその眼で見て、その体で感じて、それから考えたら良い。人間の世界で生きるのか、魔界で我と共に歩むのか。生きる事は誰かの言いなりになることなんかじゃないと思うぞ。自分で考えて進む方がずっと楽しいからな!」
どうせ今は人間の世界には戻れない。
だったら少しくらいこのヴィータの知らないモンスター娘に付き合ってやっても良いだろう。
別に人類を裏切るわけでもない。
少しだけ遊びにいくだけだなんだから。
そう自分を納得させ、今度はヴィータの方からオトワの手を握り返した。
「そうだな……いや、俺から頼む。俺を魔界に連れて行ってくれないか?」
その言葉はヴィータにとって、せめてもの決意の表明のようなものだった。
「あはっ……♡」
それを聞いたオトワは満開の花畑のように笑顔をひろげ、眼を輝かせる。
そしてヴィータの手をさらに強く握り返し、ついには我慢が出来なくなってヴィータを押し倒すのだった。
「そうこなくてはな、ダーリン♡」
「うぉっ!?!?」
降り注ぐキスの雨の中、ヴィータは思う。
今はこの笑顔について行きたい。
それはヴィータにとって初めての、自分の意思で選んだ戦い以外の選択だった。
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