031:魔界への誘い①


「というワケでダーリン♡ 我と一緒に魔界へ行こう!」


「……なにが『というワケ』なんだ?」


 ヴィータが追放された経緯から、オトワが知らない人間界の事へと話題は進んで行き、そして最終的にはオトワが最初に言っていた提案に戻って来た。


 会話が続く間もオトワはヴィータにピッタリとくっついたままで、ヒンヤリと冷たかったオトワの体はヴィータの体温と混じって生温くなっている。

 それは決して不快ではなく、どこか心地よい。


「だってダーリンは人間の世界から追放されたんだろ? ダーリンの価値が理解できない愚か者の所に戻る必要なんてないと思うぞ? むしろ我にはダーリンが必要だ! だから魔界に行こう!」


 少しばかり話が飛躍している気もしたが、それでもオトワが言いたい事はなんとなく分かった。


(俺の新しい居場所を作ろうとしてくれているのか……)


 オトワがヴィータに好意的である事にもう疑いはなく、本心から自分が求められていることに悪い気持ちはしなかった。


 ヴィータにとってその好意の源泉は「スライムはドMな種族だから気に入られたらしい」としか理解できておらず、その奥にあるもっと深い感情を読み解くことなどできてはいない。


 どうみてもオトワの態度が「気に入った」レベルなどではない「ベタ惚れの溺愛」の領域にある事も、恋愛知識が「子供の恋バナ」レベルのヴィータには理解できないのだ。


 だが良く分からないながらも、そもそも他人から好意を寄せられる経験にすら乏しいヴィータにオトワの攻めのアプローチは効果抜群だった。

 それは「異性への免疫がない」とか「チョロい」とも言い換える事が可能だが、実際ヴィータはチョロいのである。


 理性では「モンスターは人類の敵である」というこれまでの常識などから「いやいや、それはさすがに無理だろう。人間が魔界で無事に過ごせるはずがない」と考えつつも、煩悩の方は「試しに少し行くくらいなら良くないですか?」「というかこの子かわいすぎね? 離れたくなくね?」と声を大にして主張してくるのである。


「なぁダーリン、戦いは楽しいか?」


「え?」


 不意に、ヴィータを見上げるオトワの表情が真面目なものに変わった。

 キラキラと輝く赤色の不思議な瞳が、ジッと心の中を覗き込むように見つめてくる。


「ダーリンの人生は戦いが全てだったんだろ?」


「……そうだな。俺にはそれしかできないから」


 生き物を殺す行為が楽しいわけがない。

 必要だからやっていただけだ。

 それしかできなかったからやるしかなかっただけだ。


 魔法剣信仰の中で、神の祝福を受ける事ができなかった落選者は不幸を招く存在だと信じられている。

 魔法剣で戦えないだけでなく、落選者である事が分った瞬間から普通の仕事にもありつけなくなるのだ。

 本人の能力とは無関係に、実力を示すチャンスすら与えられることもなく……。


「そうやって勇者ってヤツらの仲間になって、我を倒したと思ったら追放されて……そんなのちっとも仲間じゃない。それではまるで、ただのパーティのための部品じゃないか」


 まるで使い捨てのゴミを捨てるようだと、追放された時にはヴィータ自身も感じていた。

 だから何も反論できないし、反論する気にもならない。


「命は部品なんかじゃない。用が済んだら捨てるなど、それではガラクタと同じではないか。そんなの、ダーリンが可哀そうだ!」


 凶悪で残虐で、理由もなく人間を殺すハズのモンスターに道徳を説かれるとは、とヴィータは苦笑いするしかなかった。


 ヴィータのために目尻に涙を溢れさせるオトワのその姿に、その言葉に、そんな悪魔のようなモンスター像は全て崩れ去っている。


「だが戦いの中に生きる意味を見出す者もいる。ダーリンはどうなんだ?」


「俺は……楽しく、なかった」


 それが本心だった。

 口にして、ヴィータは自分でも驚いた。


 これまで自分が本心を隠して生きてきたことにすら、それを言葉にして初めて気づいたのだ。


 それを聞いてオトワの表情がパッと和らぐ。


「そうだよな! 我にはダーリンがそんなバーサーカーには見えなかった。そんな人間なら、もっと徹底的に我に攻撃をしかけているんじゃないか? だって我は魔王なんだろ? 人間の敵なんだろ?」


 その通りだ。

 魔王は倒すべき敵だという認識はヴィータにもあった。

 だがオトワの声を聴いてしまってからは、オトワの体に触れてしまってからは、戦いでなく対話を選んでいた。


 その選択こそがヴィータの人間性そのものだったのだ。

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