028:不幸な騎士たち② ~追放サイド~


「モンスターか。チッ、進路上だな」


「防壁が近い。一応、排除しておくか」


 見たところ相手はただのスライムだ。

 楽勝だろう、と騎士たちは馬車を止めた。


「ったく、余計な手間が増えたぜ」


「そういうなって、秒で終わるだろ」


 騎士たちは馬車から降りて魔法剣を構えようとしたが、それより先にスライムに異変が起こる。


「おん~?」


「なんだ~?」


 スライムは一瞬にしてその質量を増やし、人間の女の姿に変わったのである。

 それも目を疑うほどの美少女だ。


 騎士のどちらかから思わずゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


 その美しさはオリバのファンクラブ隠れ会員である騎士の1人が推し変しそうになるほどだった。


 一瞬「もう酒が回ったか?」などと考えかけた騎士だったが、腐っても金色騎士である。

 酒は飲んでも酒に飲まれるほどにバカではなかった。


「なんだコイツ、さっきまでスライムだったよな!?」


「そのハズだが……人に擬態しやがったのか!?」


 目の前の現実を受け入れ、即座に認識を共有して連携の体勢を作る。


 スライムは不定形の姿を持つモンスターであり変形する個体は良く発見される。

 だがここまで完璧に人の姿に変化する個体を見たのは初めてだった。


 しかし、この程度で驚いていては金色騎士は務まらない。


 ミミックやシェイプシフターなど、姿形を変えるモンスターはいくらでも存在する。

 そしてその擬態の精度には種族や個体の差がある。


 擬態に長けたスライム種がいてもおかしくはない。


「ふむふむ……珍妙な馬車に乗っていて、そしてこの暑さの中でも甲冑を着ているアホ2人組。ダーリンの話の通りだな。お前たちか、王国騎士団とやらは?」


 スライムが流暢に人間の言葉を発したのには、さすがに騎士たちもギョっと眼を見開いて驚いた。


「こいつ、人間の言葉を理解してやがるぞ……!」


「チィ、ただのザコじゃねぇのかよ! これだから魔界は……!」


 強靭な体、鋭い牙と爪、人智を超えた再生力。

 モンスターは人間にはない様々な武器を持つ。


 そんなモンスターと戦うための武器。

 発達した脳が備える『知恵』は魔法剣と並ぶ人間のもう1つの武器だ。


 それを同レベルで備えたモンスターは擬態するモンスターよりも更に珍しく、人間からすればそれだけで警戒すべき相手である。


 さらにこの場所は魔界。

 どんなモンスターが現れてもおかしくない魔の領域、と人間は思い込んでいる場所。


 もちろん騎士達も警戒を強めた。

 だが、それでもその警戒レベルはせいぜいBランクのモンスターに出会った程度のものだった。


 危険度Fランクの最下級モンスターが少し擬態を覚えて少し賢くなったくらいで、王国騎士団の中でも最高位の金色騎士である自分たちの相手ではない。

 騎士たちがそう考えていたからだ。


 どれだけ奇妙な特徴を持っていてもスライムはスライムでしかない。

 唯一の例外である魔王クイーンスライムはすでに勇者パーティによって討伐されたと信じて疑わず、他に妙なスライムが出てきたところでそれが魔王だなんて誰も考えない。


 本人たちはいたって真剣に「油断していない」つもりなのだ。


 だが実際の所、騎士たちの目の前に現れたスライムは魔王の分身体であり、実力としては勇者パーティが戦った魔王その物である。

 それを「ただのスライム」基準で判断してしまっている時点で油断以外の何物でもないのだが……。


「ん~? 言葉は通じているんだよな? 質問の返答がないようだが……お前たちは王国騎士団か?」


 騎士同士が何やらゴニョゴニョとしているが肝心の返事が返ってこず、オトワは苛立ちを隠そうともせずに問いかけ直した。


「なんだこのスライム、なんで俺たちの事を知ってるんだ!?」


「さぁな? だが、そうだぜ、俺たちが王国騎士団だ! 人類で勇者パーティの次に強い存在だぞ!」


 鎧の肩に刻まれた剣と炎をかたどったエンブレム。

 それが王国騎士団の証である。


 騎士の片方が肩を前に突き出し、それを自慢するように見せつけた。


「やはりそうか。全く、質問には素直に答えろよ」


 オトワは子供を叱るように言ってため息をついた。

 余計な時間を取らされたと、本気で呆れていただけでそれ以上の悪意もなかったのだが、その様子は騎士たちのプライドを逆撫でするには十分なモノだった。

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