026:バカなの人類?③


 ヴィータのパンチは攻撃手段である。

 ハグやキスのような愛情表現の手段ではない。


 特にヴィータの必殺技ともなっている聖拳突き【龍閃拳】ドラグリントなど、むしろ受けた相手は必ず殺すくらいのレベルに殺意と破壊が凝縮されている。

 決して気持ちの良いものではないハズだ。


 それを望んで求めるとは、どういう事なのか。


 オトワに「ほれほれ♡」と抱き着かれながら、女性特有なのかスライム特有なのか良く分からない柔らかさに翻弄されながらも、ヴィータは思考を加速させる。


 ヴィータはいつの間にかオトワを理解しようとしていた。

 モンスターであり、魔王であり、そして人類にとって敵であるはずの彼女の事を理解したいと感じ始めていたのだ。


 ヴィータはチョロかった。


 そして熟考の末、ヴィータはとある会話を思い出していた。


(……いや、聞いたことがある!)


 それはギルドの看板娘たちが話していた……恋バナでの話である。


 やはり恋バナ。

 恋バナは全てを解決する。


 もし人間界に戻れたら、今度はじっくりと話を聞かせてもらいたいものだ。


 ヴィータはキャッキャウフフと恋バナに興じる看板娘たちの姿を思い出しつつ、思考をまとめようとする。


 そんな恋バナによれば、人には様々な性癖が存在している。

 そして性癖の数だけ様々な愛の形も存在するのである。


 そして中には「痛み」から快楽を得る人がいるという。


 痛いけど、それが良い。

 そういうやつだ。


 そんな性癖を持った採取系クエスト担当の受付嬢メウ。

 いつも何故か首輪やら手錠を装備している彼女は確か「ドM」と呼ばれていた……。


(なるほどな。完全に理解した)


 ヴィータには理解できない感覚の話だったが、スライムという種族にもそういう性癖があるという事なのだろう。


 ギルドの看板娘、恋バナ、そしてスライム娘。

 点と点が線で結ばれ、全てが繋がる……!!


 つまりこの魔王、ドMなのである。


「しかし勇者もバカだが、その騎士団とやらも酷いものだぞ。人間たちが魔法剣を武器にしているのは知っていたが、そこまで神聖視しているとは……」


 ヴィータがいたって真面目にそんな事を考えている間に、オトワの関心は勇者たちから王国騎士団キングスブレイドへと移っていた。


 ヴィータをこの荒野に捨て去って行った張本人たちである。


「彼らは魔法剣だけがモンスターと戦える唯一の武器だと思っているからな。仕方ないさ」


 魔法剣信仰の物語は落選者であるヴィータも良く知っている。


 始まりは1人の勇者。

 今では伝説の勇者として語り継がれている始祖の戦士だ。


 勇者はその美しい姿から神に見初められ、神の加護を授かった。

 それが自由に消したり出したりできる不思議な剣、それまで人類が持っていたあらゆる武器よりも丈夫で鋭い最強の武器、魔法剣である。


 そして伝説の勇者は魔王を倒し、人類世界の基礎を築いた。

 魔法剣のその力は子々孫々と受け継がれていき、魔法剣を受け継いだ者たちへの信仰が生まれていったと言う。


「神話と信仰の関係は理解できる。だが、ダーリンを見ればそんなのはただのおとぎ話で真っ赤な嘘だと分からないのか? 便利な武器に頼って鍛錬を怠り、種族として衰退していっただけだろうに。もしかしてそいつらの脳ミソにはスライムでも詰まっているのか? むしろ我がスライム詰めてやろうか?」


「こらこら、やめなさい」


 ゾッとするような事を言っているが、スライムジョークなのだろか。

 普通にめちゃくちゃ怖い。


 いや、でもオトワのボディはやわらかくてヒンヤリして気持ちが良いんだよな……。

 意外に悪くないのか?


 などと考えてしまっている時点でヴィータもかなりの変態領域に片足どころか両足を突っ込んでいる状態なのだが、ヴィータは未だに無自覚である。


「まぁ、でもバカ共がこんなところまで運んでくれたおかげで我はダーリンに会えた♡ 後で挨拶くらいはしてやらないとな!」


 オトワの言う「挨拶」って何するつもりだろうと思うが、余計な事は突っ込まないでおく。


 多分、冗談だろう。

 魔王ジョークだ。


 そう思いたいヴィータだった。

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