022:勇者は興味をもたれない① ~追放サイド~


 クリムは焦る気持ちを抑え、綿密にこれからの計画を再構築していた。


「……あれ? クリム様、その子どうするんですか?」


「げっ、さっきの最後の応募者じゃない。ヤバ……」


 その間に訓練場の向かい側で攻撃役を務めていたオリバとアイリが近くまでやってきたが、トンテオから距離を置くようにクリムの側に回り込んできた。


 その表情には分かりやすく不安と怯えが見て取れる。

 どうやらトンテオの規格外の力に完全に気おされているらしい。


 更に少し遅れて、外で審査が終わった応募者の回復にあたっていたキキーも訓練場に入って来た。

 キキーはこの状況が良く分かっていないらしく、トンテオの事を不思議そうな顔で見ていた。


「よし、みんな今日はお疲れさま」


 クリムは勇者パーティのリーダーらしく振る舞いながら、思考を続ける。


 さて、どうしたものか……。


 クリムにとって選択肢は2つしかなかった。

 トンテオをオリバたちのように従順な手駒にするか、もしくはヴィータのように消すか。

 そのどちらかだ。


 そのためには、まずは見極めないければならない。

 トンテオの実力と、その性格、そして勇者クリムに従順な女なのかどうかを……。


「ところで、今日いらしているメンバーはこれだけでしょうか?」


 勢ぞろいした勇者パーティのメンバーを見まわし、トンテオが首をかしげる。


「そうだが? それがどうかしたか?」


 クリムが急に良く分からない事を聞いてきたトンテオに質問で返すと、ずっと無表情だったトンテオが急に頬を赤らめてそわそわし始めた。


「あ、あの……ヴィータ様はいらっしゃらないのでしょうか?」


「え?」


 ヴィータ?

 なんで??


 予想外の名前が飛び出してきて、クリムに動揺が走る。


 しかも「様」?

 落選者のヴィータに「様」?


 いやいや、しかも今では落選者ではなく反逆者として国中に名が知れ渡っているハズのヴィータに「様」?


 トンテオはヴィータがとっくに勇者パーティを追放された事を知らないようだ。


 女遊びのプロであるクリムにはすぐに分かった。

 トンテオの表情は、完全に惚れた女の顔である。


(なんだコイツ、ヴィータに気があるのか!? 変人め!!)


 これほどの美少女が自分よりヴィータを選んでいるという事実にクリムはなんだかムカつくが、今はその情報を有利に使うべきだと判断する冷静さは残っていた。


 ヴィータを餌にすれば、トンテオが持つ強大な力を上手く操れるかもしれない……消してしまうには惜しい人材ではあるのだ。


「……ヴィータが、どうかしたのか?」


「いえ、お姿が見受けられなかったので気になって」


 ヴィータは国外追放されていてもう絶対に戻ってくることなどない。


 だが「戻ってくる予定だ」とでも嘘をつけば良い。

 一時的に追放したという嘘の理由さえ思いつけば後はどうとでも誤魔化せる……


「ヴィータさんはこのパーティから追放された。もういない」


 クリムの思考を遮ったのはなんとキキーの言葉だった。


(コイツ、普段は無口なクセに余計な事を……!!)


「そうなのですか……」


 トンテオは一瞬だけ悲しげにシュンとした表情になったが、すぐに無表情に戻った。


「わかりました。申し訳ありませんが、ヴィータ様がいらっしゃらないのなら、このパーティにはもう興味ありませんので」


 そして怒る様子もなく、ペコリとお辞儀をすると淡々とそれだけ言って「失礼します」と立ち去ろうとした。


「はぁ~~~~~??????」


 クリムとオリバ、アイリの声がきれいに重なった。


 なんだそれは!?

 なんなんだそれは!?!?

 ヴィータ以外にはこれっぽっちの興味もないってのか!?

 この伝説の勇者の後継者である火の勇者のクリム様を差し置いて!?


 それじゃまるで、俺様があのヴィータよりも価値のない存在みたいじゃねぇかよ!?!?!?


 おいおいおい待て待て待て、と慌ててクリムがトンテオを呼び止めようとその肩に手をかけ……


「ちょ、待てよ!!」


「私の体に触れるな」


 クリムの手がトンテオに触れる直前、ギラリとそれまでの無気力で無表情だった視線が嘘のように、トンテオは鋭くクリムをにらみつけた。


 それと同時、すでに振り抜かれていたトンテオの魔法剣に気づく事ができた者は、その場には誰一人としていなかった。


 ボッッッ


 ジュッッ


 遅れて響いたその音につられるように、クリムたちはサビたブリキの人形みたいに恐る恐る訓練場のターゲットを振り返った……

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