017:魔王とイチャイチャする③


「や、やめろ! 人間とモンスターが相容れるハズがない! モンスターは憎むべき敵だ!!」


 ヴィータは自分に言い聞かせるように叫んだ。

 が、オトワはヴィータにくっついたまま「きょとん」と首を傾げる。


「なぜモンスターを憎むのだ?」


 そして子供のような純粋無垢な表情で問いかけてくる。


「な、なぜって……それは、モンスターが人間を襲うからだ!」


「本当にそうか?」


「なに……!?」


「人間がモンスターを襲っているのではなくてか?」


「それは……っ!?」


 違う、と言いかけてヴィータは言葉に詰まった。


 所属していた国内最強の勇者パーティ『運命の絆』ディスティニーナイツ、その任務はいつだって魔界への侵攻だった事に気が付いたからだ。


 そして村にいた時には、防壁の建造以前から人間界に潜んでいるモンスターを狩る事で素材を得て、それを売る事で生計を立てていた。


 逆に、人間界の防壁への襲撃は滅多に起きていない。

 ヴィータは防衛戦というものに参加した記憶がなかった。


 そもそもモンスターは悪だと誰が言った?


 人間の世界とは……


「自分の家に強盗が押し入ってきたら、ダーリンならどうする?」


 それは今まさにヴィータが想像していた事だった。

 考えを読まれたみたいで、きまりが悪い。


 自分の住処を守るために戦う。

 生物として当然のことだ。


 人間とモンスター、どちらが悪なのか?


 それは意外にも、これまでたった一度も考えたこともなかった発想だった。

 自分たちが正しい事をしていると信じ切っていたからだ。


 特に落選者であるヴィータにとって「モンスターと戦って倒す」行為は自分の価値を証明する唯一の手段だった。

 それを否定してしまっては、己の存在自体が揺らいでしまう。


 自分の価値の証明のために戦い続け、そして勇者パーティでも最強の拳を手に入れた。


 それが全て嘘だったとしたら……。

 それを認めてしまうと、まるで人間が悪のようにも思えてくる。


 ヴィータという人間を形成していたものが崩れ落ちていくような危うい感覚が背筋を撫でるように浮かび上がって来た。


 灼熱の荒野で初めて感じたその寒気は、オトワの体に触れた時のような幸福感とは真逆のねっとりとした不快感を伴っていた。


「いや、違う! 俺なら……人間ならまずは対話を望むハズだ! いきなり襲ったりは……」


 それが人間だ。

 モンスターは対話などしない。


 本能のまま襲いかかってくるのはいつだってモンスターたちだ。


 だが、なんとか絞り出した反論に何の意味がないことはヴィータ自身が理解していた。


「それは相手が剣を振り上げていたとしても、か?」


 人間はモンスターのような再生能力を持たない。

 木の勇者キキーの類まれなる回復能力をもってしても、切り落とされた手足が生え変わる事はない。


 だからこそ常に先手を打つ。

 それが当たり前だった。


 先手必勝は勇者の基本戦術なのである。

 つまりは、誰よりも対話を望んでいないのは自分たちだったのだ。


「……それに交渉など意味はない。人間の事はお前たち以上に良く知っている」


「どういう意味だ……?」


 ほんの一瞬だけ、天真爛漫なオトワの顔に影が差した気がした。

 が、すぐにその表情は笑顔でかきけされた。


「いや、そんな事より! さぁ魔界へ行こう! ダーリンには我の全てを見せたいんだ!」


「お、俺は……」


 だがヴィータもそれどころではなかった。

 なにしろ自分のアイデンティティを失いかけているのである。


 世界の本当の姿だとか、人間とモンスターの関係性だとか、魔界とは何なのかとか、何も考えずにただ誰かの言葉に従って生きてきた。

 そんな自分自身がひどく薄っぺらい人間に思えてならなかった。


 ヴィータの動揺を察したのか、オトワはヴィータに密着したままグイっとその顔を覗き込んだ。


 オトワの愛らしい顔が鼻先が触れ合うほどにまで接近し、反射的にヴィータが赤面する。

 ツヤのある子ぶりな唇の間から漏れる吐息が、わずかに傾げられた首の根元で浮かぶ鎖骨が、胸元にできた深い谷間が、オトワの全てがヴィータの理性を殴り飛ばしてくるかのようだった。


 そうして欲望と哲学が良く分からないバランスで混ざり合い、ヴィータの思考はさらに混沌を極めていく。


 一方でそんなヴィータの表情から何を読み取ったのか、オトワは今更ながらにヴィータに問いかけるのだ。


「そういえば、ダーリンはこんな所で何をしていたんだ?」

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