016:魔王とイチャイチャする②


「一緒に本当の魔界に……?」


「そうだ! 一緒に行こう!」


 ギルドの看板娘たちから聞いたことがある。 

 意中の異性と二人で出かける恋人たちの行事の1つ。


 その名を『デート』。


 このスライム魔王、オトワと2人で「本当の魔界」なる場所へと旅をする。


 ……これはつまり『デート』というヤツではないのか!?


 看板娘たちの会話がヴィータの脳裏に思い出され、その妄想を加速させていく。


 焼けつくような荒野の日差しから相合傘で隠れながら、「はみ出ているぞ?」とか言われて肩を寄せ合い、きっとオトワはわざとらしく胸を押し当てながら小悪魔的に笑って俺をからかうに違いない。

 荒野を抜け、森を抜け、たどり着いた魔界で「喉が渇いただろ?」とオシャレなお店に誘われて、1つのドリンクを2つのストローで飲むのである。

 正面で見つめあう形になり、オトワは少しだけ照れたように頬を赤らめて……


 と、そこまで妄想してからヴィータは我に返って飛び起きた。


「あんっ♡」


 その勢いでオトワのたわわなバストがぷるんと跳ねたが気にしたら負ける。


「あ、あぶなかった……!」


 完全にオトワのペースに飲まれていた。

 危うく魔界に連れ去られる所だったではないか。


 モンスターが意味もなく人間を自らの拠点に案内するハズもない。

 なぜなら人類とモンスターとは敵同士なのだから。


 と、ヴィータは誘惑に負けそうになっていた自分の頬をビッターンとはたき、なんとか本来の思考を取り戻そうとする。


「どうしたんだ? もっとくっついていても良いんだぞ、ダーリン♡」


「ぐぉ……!!」


 そうして立ちあがって距離を取ろうとしたが、オトワの甘い声に再び腰から力が抜けそうになる。


「そのダーリンと呼ぶのをやめてくれ……! なんか変な感じがする!!」


 さっきから調子が狂いっぱなしだ。

 いや、出会った最初からずっとである。


「え~! 嫌だ!!」


「なんで!?!?」


 今度は駄々をこねる子供のようにオトワは頬を膨らませて抗議の意を示した。


「ダーリンと初めて出会ったあの日、初めてダーリンを感じたあの日、全身に駆け巡るあの衝撃がクセになってしまったんだ……ダーリンのせいだぞ? 我はダーリンの虜になってしまった……だから、ちゃんと責任とってくれよな、ダーリン♡」


 ダーリン!! 初めて!! そして責任!!


 ヴィータが、いや男達が弱いワードをオトワは的確についてくる。

 男心をくすぐってくるのである。


「ぐぉぉ……!!」


 思考を犯す未知の熱。


 聞いたことがある……!!

 もしやこれが、『恋の病』か……!


 ヴィータは再びギルドの看板娘たちの話を思い出していた。

 恋バナと言うやつだ。


 人間は恋をすると思考や身体機能に影響が現れるのだ。

 特に思考回路への影響は甚大なのである。


 なんと恋してしまうとその相手の悪い所などもなぜか良い所に見えてしまうと言う。

 実に非合理的であるのだが、それが「恋の病」なのである。


 ヴィータには縁のない話だと聞き流していた事を今更に激しく後悔した。

 ちゃんと聞いておけば対策できたかも知れないのに、と。


 ヴィータは今まさに、目の前のオトワは「モンスター」であり「魔王」であると知りながら、それすらも「むしろそこが良いんじゃない?」となりかけているのである。


「だが嫌いではないだろう? ダーリンはこういうのが好きなのだろう?」


 オトワはプルンと揺れる双子の山を鷲掴みにして持ち上げると、それを寄せながらヴィータの胸板に押し付けてくる。


「ぐぉ~~~~!?!?」


 ひんやりとした冷たさとプルプルとした柔らかさが心地良い。

 なのに頭が茹で上がるような錯覚に陥る。


「知っているぞ? 我が城に攻めてきた時もあの胸の良く育った人間ばかりを見ていただろう。一番近くにいたツルペタ娘からは目を逸らしてな」


「ち、ちがっ……!」


 人間界の読み物に出てくる「ツルペタ」なんてワードをなんで魔王が知っているのかは置いておくとしても、誤解があった。


 ツルペタ勇者とは木の勇者、キキーの事だろうと推測できる。

 キキーには失礼極まりないのだが。


 しかしヴィータがキキーから目を背けていたのは単純に怖かったからだ。


 なにせ目が合えば「死ね!!」とか言われる相手である。

 理由も分からず死を願われるなんて怖いに決まっている。


 だからヴィータはキキーからは目を背ける事が多かった。

 それがお互いのためだろうと判断しての事だ。


 そしてその分の視線が他の仲間に向いていただけなのである。

 決してオリバの豊満な胸部に吸い寄せられていたわけではないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る