015:魔王とイチャイチャする①


 世界は大きく二つに分かれている。

 人が住む人間界、モンスターである魔族が住む魔界。


 それが世界の全てであり、残りは世界を囲む広い海があるだけである。

 海の先は世界の終わりの大滝に囲まれていて、その先には何もない無の空間が広がっている。


「そんなワケないだろ、ダーリンは何を言っているんだ?」


 ヴィータ達が幼い頃から教えられてきた世界の姿は、魔王のそんな一言で一蹴されてしまった。


「だがなんとなく分かった。人間にとってはここが魔界という認識なんだな?」


「そうだ」


「なるほど、いろいろと嘘が混じっているな。その様子では何も聞かされていない……いや、そもそも誰も何も知らないのか」


 座り込んだオトワの膝に頭を乗せ、ヴィータは目を閉じていた。

 豊満な胸部が額に乗っかり、ひんやりを体を冷やしていくのが心地よい。


 地面にはオトワがどこからか取り出したシートが敷かれ、同じように取り出された小さなテーブルに置かれた透明なグラスには爽やかな青い色のジュースが注がれている。


 オトワは体の一部を分離させ、さらにビーチパラソルのように変形させて日陰まで作ってくれた。


 魔界の荒野にいるとは思えない快適さだった。


 オトワに戦闘の意思がないのは一目見れば誰にでも分かる事だった。

 ヴィータを「ダーリン♡」と呼び、明らかに好意を寄せていることも一目瞭然である。


 さらに言えば本体ではない目の前のオトワを攻撃する事は無駄に体力を消耗する行為でしかなく、ヴィータはオトワとの対話を選んだ。


 あくまでもこれは合理的な判断に基づく結果に過ぎない。

 座り込んだオトワがポンポンと膝を叩いて「おいで、ダーリン♡」と膝枕アピールをしてきたその可愛さに負けたワケなどでは決してない。


 ヴィータは必死でそう自分に言い聞かせながら、自分がこれまで教えられてきた世界の形をケラケラと笑い飛ばされ、今度は逆にオトワたちモンスターの知る世界の姿に耳を傾ける。


「少なくとも我たちにとっての魔界はここじゃないな。ここは魔界の住人たちからは『外界』と呼ばれている魔界の外側だぞ。人間界も含めてな」


 本当の世界はもっと広く、ヴィータ達がいたのは世界の10%にも満たない小さな島でしかなかったと言う。

 モンスターが生きる為に必要な『魔力』が豊富な場所が魔界であり、そこがモンスターたちが住む世界らしい。

 その他のモンスターにとっても住みやすいと言えない場所が外界と呼ばれている。


 人間界を含むこの島もモンスターたちから見ればそんな外界の一部に過ぎない……。


「もちろん外界にもモンスターはいるけどな。だけど高度な知性を備えて社会的な生活をしているのは魔界のモンスター、魔族がほとんどだと思うぞ」


 オトワが話すそんな世界の形を聞きながら、ヴィータは何が真実で何が嘘なのかを見極めようと思考を加速させる。


 そのつもりだったのだが……


(女の子の体ってこんなにやわらかくて気持ちが良いのか? いや、だがコイツはスライム……いやいやしかし姿は完全に人間の女の子だし……なんかいい匂いがする!!)


 ヴィータの思考は完全に混乱していた。

 煩悩まみれである。


『って言うか、人間界とかもうどうでも良くないですか? アタイたち追放されたわけですし?』


 ヴィータの中の悪魔が囁く。


『つーかここ、天国じゃん? この子、女神じゃん? なんならウチら結婚じゃん?』


 ヴィータの中の天使もそう囁いてくる。


 せめて少しは葛藤して欲しい所なのだが、オトワの魅力の前にヴィータの理性は完全に敗北を喫していた。

 脳内の天使と悪魔の姿もオトワの影響を受けてか、なんだか女子力が増しているらしい。


「魔界はもっと向こう、森の先にあるんだ。こんなところ、住みにくいだろ? もっと良い所だぞ、我らの住む魔界は!」


 ヴィータを頬をひやりと冷たく小さな手の平で愛おしそうになでながら、オトワは「名案を思い付いた!」とでも言うようにキラキラと目を輝かせた。


「そうだ、ダーリンも魔界に来るか? ここではない本当の魔界だ! きっと楽しいぞ!」

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