010:魔王との再会③


 ヴィータは貧相な田舎の村に生まれた。

 生まれた時には父は行方不明になっており、母は病弱で物心ついた時にはこの世にいなかった。


 モンスターとの戦いが近くで良くおきるヴィータの村では、そんなことは良くある事だった。

 村ではモンスターが放つ邪気が心を狂わせたり、体を蝕んだりするものだと信じられていた。


 村には同じ年頃の女の子など1人しかおらず、ヴィータにとって話し相手はその子だけだったのだが、ヴィータが落選者となってからは村の人間によてその子とも引き離されてしまった。

 それから村でもゴミのように扱われるヴィータは一人で生きていくためにモンスターを狩りまくり、そして勇者パーティに加入する事になったのだ。


 超大国ズァナルにはギルドの看板娘やクエストを依頼してくる貴族たちの娘など、美しい少女たちがいた。

 だがどれだけ周囲が煌びやかになっても、その間に決して無くなることのない落選者としての境界線をヴィータは感じていた。


 ヴィータにあったのはずっと戦いだけだ。

 戦って、殴って、倒して、殺して…………いつか己が力が認められると信じて。


「ダーリンの拳、スゴイよぉ……♡」


 そんなヴィータに恋人などがいるハズもなく、ましてや「ダーリン♡」などと甘ったるい語尾で呼ばれることがあるハズもなく、女性ならではの柔らかな膨らみに触れた事があるハズもなく……だがしかし、ヴィータも健全な男の子なのである!!


 ヴィータは恋心も下心も学んだことがない。

 本人も自分には戦い以外には何もないと思っていた。


 だが本能はそれを理解し、求めていた。

 欲望は体の奥底に眠っていたのである。


 なんだかムラムラするこの感情をどうして良いのか分からない。

 とにかく脳が異様に活性化し、思考がまとまらない。


 毒か、それとも精神攻撃か。


 ヴィータには判断がつかないのである。


(いや、騙されるな! 相手はクイーンスライム……人間ではない。こんなものただの擬態にすぎない!!)


 ヴィータはガリッと己が唇を噛み切った。


「コアを砕かれても再生できるとはな……」


 余計な事を考えるな。

 敵が何度でも蘇ると言うのなら、俺は何度でも破壊するだけだ。


 そう覚悟を決める。


 相手はただのモンスターではない。

 魔王なのである。


 倒さなければどれだけの被害を生むか想像もできない災害そのもの。


 パーティを追放されたとはいえ、勇者としての誇りと責任を捨てたわけではない。


 謎の身もだえをしている今がチャンス。

 この機を逃さない。


「フゥゥゥゥーーーッ」


 呼吸を正し、精神を統一する。


 武の真髄は精神力だ。

 何事にも揺らぐことのない鉄の意思が、鉄より硬い拳を作るのだ。


 ヴィータは再び拳を構えた。

 この命にかえても、魔王をここで討つ。


 ヴィータの必殺技となった【龍閃拳】は自身の体への負荷が許容範囲を超えないレベルでの最大の技である。

 身体への負荷を度外視するなら、まだその先がある。


 魔王を討つために必要とあらば、この身など捨てる覚悟はでてきている。

 その覚悟と共に、拳を固め……


「あぁ、これは分身体だからな。もう、ダーリンの拳がスゴすぎるのがいけないんだゾ♡」


「ぐっ……!!」


 魔王から放たれる「ダーリン」が、そして「スゴすぎる」という言葉がヴィータの決意を揺るがせる。

 ヴィータにとって得体の知れない「なにか」が体を駆け抜けるのだ。

 主に下半身やら脳髄やらに甘く響くのである。


 そしてそんな未知の感覚がこれまでどんなモンスターでも砕けなかったヴィータの拳をいとも簡単に揺るがせたのだった。

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