009:魔王との再会②


 絶世の美女と言われて貴族たちが隠れてファンクラブを作るほどだった水の勇者オリバよりもさらに洗練された美しさを。

 超大国ズァナルが誇る紳士ギルド『百合を愛でる会』で何年も人気ナンバー1の座を守り続ける風の勇者アイリよりもあざとい可愛らしさを。


 目の前に現れたスライム娘のその見た目が、たとえその両方を併せ持った女神のような美貌だったとしても、モンスターには変わりない。


 それが魔王ならば、それは倒すべき敵でしかない。

 毒だろうが何だろうが、そんなものには倒してから対処すれば良い。


 目の前のモンスターを殴って倒す。

 ヴィータにはそれしかできないのだから。


「フッ!!」


 その場で腰を切り、平手を放つ。

 踏み込みも腕の振りもないゼロ距離からの打撃。


 普通なら大した威力にはならない攻撃だが、打撃を極めたヴィータがやれば話は違う。


 バオッッッ!!!!!!


 最短距離から最速で放たれた平手は広範囲の衝撃波を生み、竜巻のような砂嵐を巻き起こした。

 暴風がヴィータにまとわりつくスライム娘の体を吹き飛ばす。


「ハァン♡」


 普通のモンスターであればそれだけで即死級のダメージを受けるほどの威力の突風だが、その程度では魔王に何の効果もない事くらいヴィータは過去の戦闘から理解している。


 ヴィータの体から無理やりに引きはがされたスライムの体は何事もなかったかのようにすぐさま元の形状に再生する。

 ヴィータの狙いはそこだった。


 クイーンスライムの再生はコアを中心に行われる。

 これも過去の戦いで知った魔王の攻略法だ。


「ハアアアアアッ……!! 【龍閃拳】ドラグリントッッ!!」


 特殊な呼吸法により肉体を一時的に強化、今度はしっかりと腕を振り、踏み込む。

 一連の動作により生まれる全ての力の流れを、肉体が持つ重量を、技術を、一つの拳へと集約させる。


 ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ


 放たれたのは閃光。

 拳はもはや肉眼で捉えられる点ではなく「打撃」という結果を残した線へと変わる。


 衝撃波は爆風となり、魔界の荒野に巨大な地響きと砂嵐を巻き起こした。


 人類の最高戦力、拳聖ヴィータの【龍閃拳】。

 勇者クリムさえも恐れるSSランクの危険指定モンスター、ゴールドドラゴンの超高火力ブレスの如き拳圧であらゆるモンスターを葬って来た文字通りの必殺技である。


 最強の再生能力を持つ魔王クイーンスライムといえども、水滴が蒸発するが如く爆発四散してしまえば、二度と元の形には戻れないだろう。

 あのわざとらしい悲鳴を上げる暇もなかったハズだ。


 そのハズだったのだが……


「ハァ……ン♡ ハァ、ハァ……やっぱり、効くぅ~~~ッ♡♡」


「なん……だと……!?」


 砂嵐が晴れると、そこには何事もなかったかのように復活している魔王の姿があった。

 自身の肩を抱きながら頬を赤らめてクネクネと身もだえしている。


「良い、良いゾ! やはりお前の拳は良い!! お前の拳が良い!! ヴィータ……いや、ダーリン♡」


「ダ、ダーリン!?」


 ダーリンとは愛しい男の事である。

 夫と認めた相手の事である。


(??????????)


 ヴィータの脳内に宇宙が広がった。


 なぜ俺がダーリンなのだ?

 俺がダーリンなら魔王はハニーなのか?


 いやいや、そうじゃない!


 魔王の言動の意味が分からな過ぎてヴィータまで意味不明な事を考えてしまうが、今、大事なのはもっと別にある。

 ヴィータは初めて味わう熱を振り払うように思考を切り替える。


(なぜ生きている!?)


 確実にコアを打ち抜いたハズだ。

 魔王を仕留めた時と同じ……いや、だからなのか。


 倒したと思った魔王が目の前に現れている。

 つまりはヴィータたちが倒したと思っていたのはただの勘違いに過ぎなかった、と言う事だ。


 魔王は倒れたのではなく、何らかの理由で姿を消していただけだった……そう考えるのが正しいのだろうとヴィータは推理する。


(いや、やっぱりダーリンってなんだ!?)


 冷静になろうとして、やはり「ダーリン」発言がヴィータに混乱を招いていた。

 どうしても気になって冷静さを欠いてしまう。


(ダーリンってなんなんだ!?)


 ダーリンとは愛しい男の事である。

 夫と認めた相手の事である。


 言葉としては理解している。


 だがヴィータにとってダーリンなどと呼ばれるのは初めての事だった。


 なぜならヴィータは恋愛をしたことがないのだから。


 なぜならヴィータは童貞なのだから!!

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