切手

「あ、夜」


「詩音。どっか行くとこ?」


「ううん。夜と美海、探してた」


 だから会えて良かった。そう言うと夜は目を細めて嬉しそうにした。


「夜はなにしてたの?」


「切手、買いにきてた」


 夜が見せてくれたのは、いわゆるグリーティング切手だった。普通のとは違う、きれいな絵柄がいっぱい入った切手だ。


「すごい、おしゃれな切手」


「詩音に出す手紙に使おうと思って」


 ニコニコしながら、夜はいろいろ見せてくれる。花火、魚、地方の名産品、どれもきれいでかわいい。なのに私が悲しいのはなんで。


「美海は今日はおじいさんのところにお見舞いに行くって言ってたから、一日帰ってこないんじゃないかな。僕の家に行こうか」


「うん」


 夜と並んで歩く。

 ……あれ、夜はちょっと背が伸びた? 去年の夏休みは同じくらいの身長で、私も夜も似たような髪型だから後ろから見たら双子みたいだなんて美海に言われてた。けど、気づいたら夜の方が背が高い。


「夜はさ」


 違うことを考えたくて夜の名前を呼ぶ。


「夜は美海にひらひらしたスカートを着てほしいって言ってたけど、詩音に着てほしい服とかないの」


 なに言ってるんだろ。そんなのあるわけないのに。でも私は自分でも着る服に困ってる。できるだけシンプルでユニセックスな服を選んではいるけれど、そのせいでばあちゃんからは、女の子らしくないと嫌われている。


「詩音に?」


 夜は不思議そうな声を出した。


「そうだなあ」


 けどちゃんと考えてくれるみたいで詩音のことを上から下までマジマジと眺める。少し悩んでから、


「今の服がすごく似合ってるから難しいけど、細いジーパンと大きめのパーカーとか似合いそう」


「そうかな」


 今着ているのはハーフパンツに変な絵の半袖シャツ。あとサンダル。夜と会うのは夏だけだから当たり前なんだけど、長袖の服を着て会ったことがなかった。


「詩音は細いから、すっきりした服が似合うと思うんだ」


「……そっか。ありがと」


「どういたしまして?」


 夜は不思議そうな顔をしたけど、私はなにも言わなかった。




 言いたいことはたぶんいっぱいあった。切手を選んでくれるのは嬉しいけど、詩音がいなくなる準備をしてるみたいでさみしいとか。

 背丈が変わって、ちょっと距離を感じるけど夜は夜のままで嬉しいとか。

 夜が言ってたみたいな服を秋になったら着てみるねとか。

 思っていることを全部言うには暑すぎて、私と夜は黙って歩いた。なんにも言わなくても、ただ並んで歩くだけなのが許されるから夜のことは好きだけど、もちろんそれも言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る