第4話

「本当に最近、顔色悪いわよ」

須藤は久美の顔をまじまじと見ながら言った。

「大丈夫です。須藤さん、私もっと出来るんで」

久美はどこか強がっているようだった。

「うーん、ちょっと久美さん、休みましょう。1ヶ月ぐらいリフレッシュした方がいいわ。その間は私が疲労宴部門のことは見るから」

「いえ、本当に全然大丈夫です。身体は元気ですし、仕事もやりがいがあって子供もすくすく育ってくれてるので、このまま行きたいです」

久美は自分の中にある疲労を隠し、これまで通りの生活を送ろうと考えていた。

久美は自分の疲労の正体はわかっていた。

彼女は疲労宴を運営する株式会社ノーヒロウの執行役員だ。

自分が何に疲れてるかぐらいはわかっている。

自分の中にある「もっと認めて欲しい、もっと頑張りを評価して欲しい」という気持ちが暴走し、こんなにも自分が疲れていることを。

久美は専業主婦の時もそうだった。

もっと旦那が私のことを認めてくれたら、いくらか救われたのにと思っていた。

会社のみんなはもちろん「久美さんのおかげでこんなにも業績が上がった。ありがとう」などと言ってはくれる。

でも、何故か心の底にはその言葉は入って来ず、もっと認めて欲しいというドロドロした気持ちは強くなるばかりだった。

初めて参加した疲労宴を思い出すと、見知らぬみんなにあそこまで頑張りを認められて嬉しかった。疲れが一気に抜けた。でも、運営側に回った今、仮に疲労宴の参加者になったとしても久美の疲労は抜けることはない。

だって、人間がどのように称賛されれば気持ち良く、疲労が抜けていくのかについて膨大な知見やノウハウが頭に入っており、純粋に楽しむことは出来ないからだ。

もう、私の疲労は誰も取り除くことはできない。

久美はそう絶望していたところ、様子のおかしさを須藤に気付かれたのだ。

「じゃあ、久美さん、1週間で良いから休んで。休むのも仕事だと思って休んで。これは社長命令よ」

ここまで言われたら、久美は休むしかなかった。

こうして久美の1週間の休みが始まった。


「認められたい、認められたい」

久美の頭の中ではぐるぐると、この言葉がめぐる。

「もっと認められたい、誰か私を認めて」

久美はベッドの上で涙を流した。

小さな時から久美はすごく聞き分けの良い子だった。

聞き分けが良いとお母さんもお父さんも喜んでくれる。

「久美は泣かないで偉い」って褒められてきた。

でも、そんなのお母さんとお父さんに認められたいから無理してただけだった。

はじめて付き合った彼氏が浮気をしたときも、あえて見過ごした。

社会人になってみんなが嫌がる仕事も率先してやった。

結婚しても、自分の身体と心に鞭を打ってしんどくても旦那を頼りにせずに頑張ってきた。

確かに子供たちの笑顔は救いだった。

でも、もっと誰かから「頑張ってるね」って認めて欲しかった。甘えたかった。

でも、久美は久美自身が自分のことを認めず、他人に承認ばかりを求めてきた。

そう、久美が一番自分自身のことを認めてやれなかったのだ。

久美はベッドから降り、ゆっくりして足取りで窓の方に向かった。

タワーマンションの40階からの展望が改めて綺麗に見えた。

そして、久美はつぶやいた。

「そっか、私が私のことを一番認めてやれてないじゃん、ダメだなぁ、私って」

その時、窓から心地よい風が久美の頬を撫でた。

まるでそれは久美の疲れを労うかのように優しかった。


ー完ー

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疲労宴 @noberu

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