第2話

「疲労宴にお越しの皆様、本日はご参加誠にありがとうございます。株式会社ノーヒロウの広瀬と申します。この度は…」

久美は今疲労宴の会場にいる。

あまりにも疲労を溜め込んでいた久美は母親に数時間子どもを預かってもらい、疲労宴に参加してみることにしたのだ。

久美は結婚式以来、いやそれ以上に綺麗なドレスを身に纏っている。もちろん、化粧もまるで結婚披露宴の時のように疲労宴のスタッフが綺麗にしてくれた。

まずこれだけでも疲労宴に来た価値があると久美は感じた。日々育児で自分の化粧もままならなかった数年間を思い返すと、これだけ綺麗にしてもらえると女性ならテンションが上がって当然だ。確かにこれは疲労も吹き飛ぶかもしれない。久美はそう思いながら広瀬の話を聞いた。

「では、佐藤久美様、日々の頑張り、何故こんなにも疲れたのかについて話して頂けないでしょうか?我々はあなたの疲労を受け止めます」

久美は自分の名前が急に呼ばれハッとした。

「どうぞ、佐藤久美様、こちらにいらしてください」

広瀬が壇上に久美を誘導する。

久美は言われるがまま壇上にたどり着いたが、何を話していいかわからない様子だった。

しかし、いざマイクを渡されると自然と言葉が口から出てきた。

「私は疲れました。毎日の育児や家事をこなすのに疲れました。旦那は仕事で忙しいのか知りませんが、あまり家のことや子どもの世話をしてくれません。どんなにしんどくても自分がやらないと子どもたちが困ります。だから、多少身体が辛くても私はやります。でも、頑張っても誰も感謝の言葉を言ってくれません。世の中のみんなこの程度のこと普通だと思ってやっているんでしょうか。夜はまともに寝れません。疲れはとれません。もう限界なんです」

久美の丸い瞳から涙が溢れ出た。

疲労宴の参列者も同様に涙を浮かべ、すすり泣く声も聞こえてきました。

「佐藤久美様、ありがとうございます。非常に日々大変で、なんとかギリギリのところを耐えられてこられたんですね」

広瀬は涙を堪えながら司会を進めようとした。

「皆さま、こんなにも頑張られている佐藤久美様に拍手を!」

参列者は立ち上がり、大きな拍手をし始めた。

これがスタンディングオべーションというやつである。

人生ではじめて久美はこんなにも大勢の人に拍手をされた。

すると、不思議と久美は心と身体から疲労感が消えていくのを感じた。



久美は疲労宴からの帰り道の足取りは軽かった。「本当に行って良かった」と久美は思った。

あんなに盛大に自分の苦労話を多くの人に聞いてもらえた上に共感してもらえると、疲れがスッキリ取れた。

久美は、すっかり疲労宴にハマってしまった。

それからというもの久美は疲労宴に頻繁に参加するようになった。

はじめは月に一回ペースでの参加であったが、徐々に頻度が増え、今となっては毎週末に参加するのが習慣になっていた。

今の久美は、この週末の疲労宴を楽しみに平日の家事や育児を頑張っているのだ。

この頻度で参加しているせいか、疲労宴のスタッフとも久美は仲良くなり始めた。

始めは受付スタッフの美恵ちゃん、司会の広瀬さんとも少し込み入ったプライベートな話も話せる仲になっていた。

更に、久美は疲労宴を主催する株式会社ノーヒロウの代表取締役CEOの須藤さんとも気が合い、LINEも交換し、気楽に連絡できる仲になっていた。

須藤さんも久美と同じく二児の母であることも2人が仲良くなる理由の一つだった。


「やっぱり、男の子2人は大変よね」

須藤は久美に共感した。

須藤も次男が男の子であり、やっと小学生になったところだった。ちなみに須藤は第一子は女の子である。

「そうなんですよね。めちゃくちゃ2人とも元気で、公園をはしごしてやっとお昼寝まで持っていけるって感じです」

久美は今日は須藤とランチを楽しんでいる。

実家の母に子供たちを預け、久々の外でのランチタイムだ。

育児に奮闘していると他人と外でランチなんてなかなかできたもんじゃない。

この久しぶりの感覚を久美は嬉しく思った。

「そういえば、須藤さん、話したいことってなんですか?」

久美は、「話したいことがある」と須藤に言われ、今回ランチをすることになったのだ。

「あ、それね。本題を忘れちゃいけないわね。実は久美さん、あなたにこの疲労宴のスタッフとして働いみて欲しいなぁって思ってるの。どう?もし良かったら一緒に働かない?」

久美はハッとした表情で驚いた様子だった。

「でも、こんな話を急に言われても困るよね?久美さんが忙しいのは重々承知の上で言ってるんだけど、久美さんの疲労宴に対する熱意を知ってる私からすると、久美さんみたいな人と一緒に仕事したいなぁって思っちゃたの」

須藤は話し終えるとコップに入ったブラックコーヒーを一口飲んだ。

「須藤さん、私も実は須藤さん達と働いてみたいと思ってたんです。でも、子供達が3歳になって幼稚園に入るまでは専業主婦で行こう、いや行くしかないかって思ってたんです。子供が出来たら、わたし、つわりが酷くて仕事を辞めることにしたんです。なので、子供達を保育園に入れるにしても再就職しないといけなくて、なんの専門性もない私には少しハードルが高かったんです。なので、今の私はなんとなく専業主婦やってるって感じなんです。でも、須藤さん達と働けば私は再就職出来たことになるので保育園にも子供達を入れることが出来ますよね?」

久美は少し前のめりになっている自分の心に気がつきながら須藤に確認した。

「もちろん、そうよ。雇用の証明はしっかり出せるわよ。ちなみに私は久美さんを正社員として雇いたいと思ってるの。そうなると、フルタイムで働くことになるので、希望の保育園に入れれる確率も上がるかもよ」

「えっ、本当ですか?正社員なんていいんですか?」

「ええ、もちろんよ。久美さんぐらい疲労宴を愛してくれてる人なら正社員に決まってるわよ」

久美は体温が少し上がるのを感じた。

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