45話:妖討伐④



 そこにいたのは想像を遥かに超えた、巨大な『怪物』だった。

 

 体長は十五メートルほどで、全身がゴツゴツとした石のような、鱗のようなものに包まれている。特徴的なのは鋭い眼光に岩をも簡単に引き裂く長い爪。そしてわにのような形の口先。

 龍と聞くと翼もないのに空に浮遊しているという印象を抱くが、この妖はしっかりとした二本足で地に立ち、雄叫びを上げながら巨体を大きく振り回している。



蒼翠そうすい様、あれが討伐対象のあやかしです」



 将軍に先導され、妖が見える位置までやってきた蒼翠が木の影に隠れながらその姿を確認する。が、龍か否かを見るよりも前に、あまりの圧倒的な強さに思わず息を呑んでしまった。

 妖のもとでは今もなお十人以上の兵がまとまって攻撃を繰り出しているが、まったく効いている様子がない。 



「報告で聞いてはいたが、想像以上だな」

「あれはやはり龍なのでしょうか?」

「あれは……」



 答えを口にする前に、蒼翠はごくりと緊張を飲み下した。

 ここで読みを間違えると、軍全体の行く末に深く影響を及ぼす結果になるので絶対にできない。

 でも、蒼翠の中で一つの確信はあった。



「……あれは龍ではない。見た目に似ている部分はあるが、おそらく黒蜥蜴くろとかげの妖が、なんらかの変異で巨大凶暴化した姿だ」

「黒蜥蜴? 蜥蜴があのようになるのですか?」

「ああなった理由は調査しなければ分からないだろうな。だが龍でないことは確かだ。伝説の龍は全身が硬い鱗で包まれ、その鱗は金色であると古書に記されていた。あの妖は鱗が黒色で、龍の証とも言われる喉の逆鱗げきりんも見当たらない」

「なるほど、蒼翠様は龍にお詳しかったのですね」



 ただ、その知識も将軍に説明したような歴史書からの引用ではなく、実はドラマから得たものだ。金龍聖君こんりゅうせいくんのドラマ内では確かに一度も本物の龍は登場していない。けれど龍族を題材に使った作品ということもあり、オープニングではフルCGを駆使したリアルな金龍が描かれていたのだ。

 この世界がドラマと同じなら、歴史に残る龍の様相も同じはず。



「さて、妖の正体が判明したのはいいが……」


 これからどうするべきか。相手が龍なら戦略的撤退も許されただろうが、妖となれば当初の予定どおり討伐しなければならない。



「将軍、残っている兵を総動員させた場合の勝率は?」

「よくて三割……といったところでしょうか」



 よくて、とは運がよくてという意味。つまり普通で二割、悪ければ一割以下。百戦錬磨の将軍がそう計算したのであれば、誤差はないだろう。



「蒼翠様、どうぞ天幕へお戻りください。我らはあの妖の正体が判明しただけで十分です」



 緊張の面持ちを崩さないままの将軍が、静かに促す。その言葉に隠された真意は、戦闘に長けていない蒼翠でもすぐに分かった。

 将軍は、自分たちが足止めするから蒼翠だけでも逃げろ、と言っているのだ。邪君じゃくんから勅命ちょくめいを受けた将軍たちは戦うしか道はない。だが蒼翠だけは違う。将軍はこんな最悪な状況の中で、皇族の血を守ることを優先したのだ。



「俺だけ逃げろと言いたいのか?」

「蒼翠様に傷を負わせるわけにはいきません」

「ハッ、お前も知ってるだろう。俺は爪弾きの第八皇子。傷を負おうが死のうが、なんの影響もない」

「そんなことはございません。貴方様は邪君の血が流れる尊きお方。私は黒邪軍こくじゃぐんの将軍として、命を懸けてお守りする義務がございます」



 将軍はどうやら他者を蹴落とすことが得意な黒龍族こくりゅうぞくには珍しい、忠義に厚いタイプの者らしい。風変わりではあるが、だからこそ将軍にまで昇り詰めたのだろう


「お前の忠誠心はありがたくいただいておこう。が、俺はここで逃げるわけにはいかない」



 自分はドラマの蒼翠みたいに部下たちを犠牲にして一人逃げるなんてことは絶対にしない。正直な話、勝算はまったくないけれど今の自分にできるかぎりのことができれば、どんな結果になっても胸は張れるだろう。



「ですが、蒼翠様……」

「分かってる。俺が前線に立ってもお前たちの気を散らせるだけだと。だから俺は後方に回ってお前たちを支えよう」

「蒼翠様が後方支援を?」

「ああ。俺は補助術ならいくらか自信がある。ゆえにここからお前たち全員に防壁術をかけ続ける。その間に討伐できれば道はあるだろう」

「確かに、我々がこのまま生身で戦うよりは勝算がありますが、妖を倒すまでずっと隊全体に術をかけ続けるのは……」



 蒼翠が考えた戦略に将軍の顔が曇る。半ば賛成できないといった表情だが、そうなるのも仕方のない話だった。

 いくら金丹きんたんを有しているからといえ、霊力が無限に湧き出てくるわけではない。術を使えばそれだけ丹田たんでんに蓄えられた霊力は減り、底をつきれば次は生命維持に使う分が勝手に消費されていく。無論、そちらも尽きれば結末は言わずもがなだ。将軍はその危険を危惧しているのだろう。



「お前が言いたいことはわかる。だが少々困難でもやるしかないだろう。前線の戦法については将軍に一任する。……頼めるな?」

「ハッ! 承知いたしました。蒼翠様にご負担をかけぬよう、我々も命を懸け、全力を尽くします!」


 別に俺に命なんて懸けなくていい。そう言いたかったが、きっと将軍はどうやっても首を縦には振らないだろう。それが分かったため蒼翠は何も言わず頷き、妖のもとへと走り出した将軍を見送った。


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