九鬼円香は〇〇〇である──②
横島家のベルを鳴らすと、中からドタバタと音が聞こえてきた。
相変わらず元気だなぁ、恋歌は。
しばらく待つと、通話におばさんが出た。
『はい。あ、十夜くん』
「おはようございます。恋歌、いますか?」
『ええ。もうちょっと待ってて』
おばさんは通話を切らず、まだ準備してるらしい恋歌へ声をかけた。
『恋歌ちゃん、十夜くん来てるわよー』
『わ、わかってるし!』
『デートで気合い入れるのはわかるけど、待たせすぎちゃダメよ』
『あいつとはそんな仲じゃないから! 行ってきます!』
『はいはい、行ってらっしゃい』
直後、扉が開いて恋歌が出てきた。
肩出しの白いロングシャツに、インナーは黒のタートルネック。
下は黒系のショートパンツで、足首までの黒いブーツを履いている。
カバンは小さく、チェーンの肩紐を斜めにかけている。
そのせいで、特盛のお胸がスラッシュされていた。
ひと目でわかるギャルっぽいファッション。
昔はこんな服、絶対着なかったのにな……自分に自信がつくと、こういう服を着るようになるのか。
「お待たせー」
「いや、大丈夫。行こうか」
「うい」
並んで歩くと、ただでさえ背の高い恋歌がブーツを履いてるから、さらにデカく見える。
視線がいつもより高い。俺と同じくらいだ。
「むふーっ。今日、めちゃめちゃ楽しみにしてた……!」
「明日は九鬼とのお出掛けもあるしな」
「そうそれ! 週末に2つも予定が埋まるなんて、恋歌ちゃん史上初!」
悲しいことを堂々と言うな。
でも……相当楽しみだったのか、寝不足みたいだ。ちょっと眠そう。
……あ、そうだ。
「今朝、夜美から栄養剤貰ってさ。飲むか?」
「え、夜美ちゃん帰ってきてたんだ。会いたかったなー」
「明日までいるそうだから、今日の夜にでも会っていけばいい」
「そーする。あ、栄養剤貰っていい?」
恋歌は栄養剤を受け取ると、まったくちゅうちょせずに飲み干した。
すごいな。身内の俺ですらちゅうちょするのに。
「ん、甘い! 桃味! しかもなんか元気出てきた!」
「そんなすぐ効果出るか?」
「出る出る! プライバシー効果!」
「プラシーボ効果」
瓶のゴミをカバンにしまうと、恋歌はうきうきと歩く。
確かに……さっきと今じゃ、活力が違うように見える。
本当に効果あったのか、あの怪しい栄養剤。
うきうき、るんるんな恋歌と歩くこと10分ちょっと。
住宅街を抜け、駅前にやってきた。
かなり大きな駅だから、人も結構いる。土曜日だから、カップルとか高校生も多い。
「うっ、みんなキラキラしてる。陽キャ怖い……」
「お前、陽キャ目指してるんじゃないの?」
「目指してはいるけど、得意と苦手は別でしょ」
一理ある。けどそんなんじゃ陽キャなんて夢のまた夢だろ。
まあ、この人混みの中で1番目立ってるの、恋歌なんだけどさ。みんな恋歌のこと見てるし。
それもそうだ。褐色金髪ギャルでさえ珍しいのに、しかもそれが美少女なんて、目を引かない方がおかしい。
恋歌も視線に気付いたのか、俺の服をつまんできた。
これは、恋歌の昔からの癖だ。
注目されたり、不安になったりすると、俺の服をつまんでくる。
でもそのおかげで男連れとわかったからか、男たちからの視線がだいぶ減った。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……じゃないけど、ちょっとずつ慣れる……!」
「それがいい。で、どうする? イベントまでまだ時間あるけど」
余裕を持って家を出たけど、さすがに早すぎた。あと1時間くらいある。
恋歌はぐるっと駅前を見渡すと、あるものに目が止まった。
「あ……九音たん!?」
「え?」
「ほら、あれ。VTuberのイベント! 九音たんが来てるんだって!」
見ると、商業ビルの5階でVTuberが参加しているイベントが行われているらしい。
ちょうど今からだ。
「行ってみるか?」
「うん! ウチ、最近VTuberも好きなんだよ。イチオシはあの子。鬼系VTuberの
1本角の鬼っ娘が、可愛いポーズを取っている。
俺もVTuberは知っている。けど、詳しくは知らないんだよな。
「と言っても、ほんと最近見だしたばかりのニワカなんだけどね。けどあの子めちゃめちゃ可愛くて、めちゃめちゃ健気で、めちゃめちゃ頑張ってるのが伝わってくるの!」
「そ、そうか。……あ、なんか鬼丸九音と話せる当日チケットが売られてるみたいだぞ。抽選みたいだけど」
「マ!? 行くしかない! 行こう!」
「え、けどゲームのイベントは……」
「そっちは来週までやってるから! こっちは、この機会を逃したら今度は九音たんと話せるかわからないでしょ!」
「そ、そっすか……」
圧が強い。どんだけ好きなんだよ、九音たんのこと。
まあ恋歌が楽しいなら、俺はVTuberイベントでもいいけど。
恋歌は俺の服を引っ張り、商業ビルに入っていく。
確かに可愛い子だけど、俺まったく知らないんだよな……もし抽選当たったら、どうしよう。
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