九鬼円香は〇〇〇である──③
「当たっちゃったよ」
「当たったー!」
こんなサラッと当たっちゃっていいのかって不思議なくらい、もうサラッと。
周りには外れたことを嘆いてる人たちがいる。
結構倍率は高いのか……よく当たったな、俺たち。
……って、俺マジで鬼丸九音のこと知らないんだけど。
「十夜、何番?」
「……17番だ」
「ウチ、18番! 前後だねっ」
「怖い。むしろ怖い」
偶然がすぎる。これ以上ないだろ、こんな偶然。
とりあえず列に並ぶと、前の人から順にカーテンの中に通される。
制限時間は1分で、1対1で鬼丸九音と話せるみたいだ。
時間になったら、スタッフが合図を出すらしい。それで終了となる。
ど、どんなこと話せばいいんだろう。俺、何もわからないんだけど。
調べたけど、チャンネル登録者数は15万人。鬼族の末裔で、鬼族復興のためにWeTubeを利用してるとかなんとか。
なるほど、こういう設定があるのか。
刻一刻と、順番が近づいてくる。
ちょっとだけ、心臓が早くなった。
オタイベに参加はしたことあるけど、対面で喋るなんて初めてのことだ。
「続いて、17番の方」
「は、はいっ」
「十夜、しっかりねっ」
何をしっかりすればよろしいのでしょうか……?
スタッフに案内され、カーテンの向こうに入る。
おぉ……画面の向こうに鬼丸九音がいるし、なんか忙しなく動いてる。
可愛いかも……恋歌がハマるの、わかる気がする。
椅子に座り、ヘッドホンを着ける。
と、向こうの声が聞こえてきた。
『ぇ、ちょっ……!?』
「それでは1分間です。スタート」
スタッフさんがストップウォッチを押す。
えっと……とりあえず挨拶でも。
「こ、こんにちは……?」
『こ……こ、こんくおーん! バーチャル鬼っ娘、鬼族の末裔! 鬼丸九音だよっ☆』
…………ん? この声……。
「え、九鬼?」
『へー!! クッキーが好きなんだねぇ〜!! ボクもクッキー大好きなんだー!!』
???? 誰もクッキーの話なんてしてな……あ、違う。これは設定だ。つまり、キャラと声優でいうところの中の人。それをほじくり返すのは、オタクとして言語道断。
気持ちを切り替えろ、俺。
「そ、そうそう。この後も怪物ハンターのイベントで売られてるクッキーを買いに行こうと思ってて」
『あ! あの食べたらHPが大幅に増えるクッキー? あれ再現度高いらしいから、食べてみたいんだよねー』
ふむ。これは暗におねだりされてる……のか?
買っていってやるか。あのクッキー、確か明日までの限定品だし。
「実は今日、偶然イベント見て参加したんですよ」
『おーっ、てことは君、鬼っ子? いやー、照れちゃうなー』
「いや俺は付き添いで、偶然抽選が当たって」
『すごっ。あれ結構倍率高かったみたいだよ』
「ええ。付き添いも当たってて、マジで驚きました」
俺の言葉に、僅かに間が開いた。
『……へ、へぇっ。そそそそーなんだねぇ〜』
「はい。むしろ連れの方があなたのファンで」
『そ、それは嬉しいな☆ でもお連れさんは当たらなかったのかな……? それは残念だね〜』
と、その時。スタッフさんがタイムアップの合図を出した。
「それじゃあ、ありがとうございました」
『いえいえ。ボクも会えて嬉しかったゾ☆』
「次は連れの番なので、優しくしてあげてください」
『嘘やろ』
画面越しだが、絶望の顔がよくわかる。
ヘッドホンを外してカーテンの向こう側に出ると、入れ替わりで恋歌が入り……。
「んにゃあああああっ! 九音たんが生きてるううううううう!!」
奇声を上げ、スタッフさんに注意されたのは別のお話だ。
「はふ……大満足……♡」
「よかったな」
「うん!」
どうやら、恋歌は『鬼丸九音=九鬼円香』とは気付いていないらしい。
あれだけ興奮してたんだし、九鬼とも交流は浅い。九鬼と気付かなくても、仕方ないだろう。
恋歌はまだ興奮しているのか、鼻息荒く俺の腕に抱きついてきた。
「どうどう? 九音たんめちょめちょかわゆくない!?」
「正直、あれだけじゃなんともな……帰ったら動画見てみるよ。アーカイブだっけ? あるんだろうし」
「一緒に見よ! ウチが解説してあげる!」
「お前も鬼っ子歴浅いのに大丈夫か?」
「愛は長さではありません。大きさです」
なるほど。真理だ。
「それじゃあ、まだ時間もあるし、怪物ハンターのイベントにも行こう。限定クッキー買いたいし」
「お、いいね! クッキー食べながら、九音たん祭だー!」
うきうきしている恋歌を追いかけるようについて行く。
その時──俺のスマホが震えた。
『九鬼:明日朝7時学校近く公園』
読みづら。
相当慌てて打ったみたいだ。別に誰かに言いふらすようなことはしないけど。
とりあえず、了解っと。
「十夜〜?」
「おー」
九鬼のご機嫌取りのために、少し多めに買って行ってやるか。
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