九鬼円香は〇〇〇である──①
「いつまで落ち込んでんだよ。元気出せって」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
あれから帰ってきて早々、恋歌は俺のベッドでミノムシになっていた。
しかもさっきまで号泣してたし……あの、俺のベッドで泣くのやめてもらえます? 普通に汚い。
「あの後、日曜ならいいって言ってくれたろ。ならよかったじゃん」
「そーだけど……九鬼さんに気を使わせちゃったのがめちゃめちゃ申し訳なくて」
「それはわかる」
相手に気を使わせてしまったということに罪悪感を覚えちゃうんだよな……なんでだろう。わからない。
布団の上から恋歌の頭を撫でる。
よしよーし、落ち着けー。
「ならさ、土曜日は俺と駅前のショップに行こう。ゲームのイベントがやるって言ってたろ?」
「げーむ……!」
ちょっと嬉しそうに……でも少しだけ落ち込んだ声色で、恋歌は布団から顔を出した。
案の定、まだ九鬼のことは気にしているらしい。
「な? ついでに、日曜日に必要なものがあれば買えばいい。付き合うよ」
「……………………いく」
「ならこの話はおしまい。ひと狩り行こうぜ」
俺は部屋に置いているゲームの電源を起動すると、恋歌は自分のカバンから自機を取り出して、電源を付けた。
最近発売された怪物ハンターの新作だ。
因みに、次の週末に行われるイベントも、怪物ハンター関連のものになる。
昔からこのシリーズはやってたけど、今作は個人的ナンバーワン作品だ。
ようやく布団から這い出てきた恋歌は、俺の脚の間に座り真剣モードになった。
「満足するまで付き合うぞ」
「……明日の朝まで掛かるかも?」
「俺はいいけど、お前はダメだろ。いつも早寝早起きなのに」
「たまにはいーの! 中学の時とか、よくオールしてたじゃん」
「そりゃそうだけど……ま、恋歌がいいならいいか」
1日くらい夜更かししても、また明日から元の生活に戻せばいいし。
で、結局23時頃に寝落ちし、翌朝の6時まで俺の部屋で爆睡する恋歌ちゃんなのでした。
わかりやすいなぁ、こいつ。
◆
待ちに待った土曜日になった。
今日は朝からちょっとだけ忙しかったりする。
何故なら、恋歌と出掛ける日だからだ。
いくら相手が幼馴染と言えど、女の子と出掛ける日。身支度ぐらいはちゃんとする。
と言っても、別にメイクをするわけでもワックスを付けるわけでもない。
ひげを剃ったり、眉を整えたり、鼻毛を切ったり。まあそれくらいだ。
洗面所で身なりを整えていると、不意に扉が開いた。
なんと、珍しい顔である。
「あれ? 十夜、どっか出掛けんの?」
「まあ、ちょっと。いつ帰ってきてたんだよ、夜美」
「お姉様と呼べ」
俺の実姉である、
大学生で、基本研究室に入り浸りの夜美は、家に帰ってくる方が珍しい。
ほとんど研究室で寝て、たまに近くの友達の家にいるんだとか。
帰ってきても月イチ。ここ最近はタイミング悪くて顔を合わせてないから、本当に久々だ。
夜美はぼさぼさの髪をかき、大きなあくびをする。
目の下にはくっきりとしたくまが。結構大変そうだな。
「私は昨日の夜ね。研究もひと段落済んだから、週末は家にいようと思って」
「ふーん」
「自分で聞いといてその反応はないだろ」
だって興味ないもの。
「んで、そんなに気合を入れて、愚弟はどこの誰とお出掛け?」
「別に気合いなんて入れてない。普通に身なりを整えてるだけ。相手は恋歌だし」
「むん? 恋歌と仲直りしたんだ。そいつはいい。幼馴染は大切にしなよ」
やめろ、頭撫でんな。
ひとしきり撫でて満足したのか、夜美はポケットから小さな瓶を取り出した。
透明の瓶に、ピンクの液体……何これ?
「これは?」
「研究中の惚れ薬」
「は!?」
「嘘だよ。そんなものは作れない」
いやビビらせるな! あんたが言うとガチっぽい!
「ただの栄養剤。効果は保証する」
「いや、いらない。いらなすぎる」
「姉の厚意を無下にするのか?」
「そこはかとなく悪意を感じる」
夜美は肩を竦めると、瓶を俺のポケットに無理にしまって顔を洗いだした。
実の姉なのに、相変わらず考えてることがわからない……。
「ところで、時間は大丈夫かい?」
「え? ……あ、やべ。恋歌を迎えに行く時間だ」
別に1、2分遅れてもいいとは思うけど、待たせるわけにもいかない。
急いで玄関に向かうと、夜美が見送りにやってきた。
「十夜」
「なんだよ」
「気を付けて、行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
夜美とのこんなやり取りも、最近ではまったくなかった。
だからだろうか。……ちょっと嬉しいと思ってしまうのは。
くそ、腹立つ。
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