横島恋歌は〇〇が欲しい──③

「こほん。ごめんなさい、取り乱してしまったわ」

「今更取り繕えるとでも?」



 九鬼の知らない一面を見た気分。

 さて、ここから恋歌がどうするのか、見ものだな。

 と、急に恋歌が俺の制服の裾を引っ張った。



「ねえ十夜、十夜っ」

「どうした」

「ウケた。ウチのトーク、陽キャにウケたよっ」

「断じて違う」



 恋歌には申し訳ないが、あれはウケたとは言わない。

 ぶーたれる恋歌の背中を押して、九鬼の前に立たせる。

 今度はちゃんとやれよ、恋歌。



「ぁ、の……ぇと……」

「恋歌ちゃん」

「ひゃっ……!」



 九鬼が恋歌の手を握ると、オーバーにリアクションした。

 けどその気持ちわかるぞ。陽キャって、距離の詰め方が異次元だからな。

 俺も最初に耳元でささやかれた時は死ぬかと思った。キュン死にで。



「な、何……?」

「お話したいこと、あるんだよね? ゆっくりでいいよ。恋歌ちゃんのペースで、お話してほしいな」



 強い。九鬼強い。

 圧倒的余裕というか、強者の貫録がある。もはや聖母まである。



「ぅ……ぁ、あの、ね……く、くくくく、九鬼、しゃんっ……!」

「なーに?」



 頑張れ、頑張れ恋歌……!

 なんか娘の運動会を応援してる親の気分……!

 褐色肌でもわかるほど頬を赤く染めている恋歌は、意を決して九鬼の手を強く握り返す。






「う、う、ウチ、と……お友達になってくだ、しゃい……!」

「……ふふ。はい、喜んでっ」






 えんだああああああああああああああああ!!!!


 頭の中であの名曲が流れる!

 うおおおおおおよかったぁああああああ! よかったなぁ恋歌あああああああ!!


 2人の女の子が手を繋ぎ、傍でさめざめと涙を流す俺。

 傍から見ると変質者ですね、わかります。

 でも許してくれ。俺は今、感動の中にいる。



「ほっ……ほ、本当、に……?」

「もちろん。むしろ私も、恋歌ちゃんと友達になりたいって思ってたの」

「…………!」



 恋歌は口をパクパク開けて、俺と九鬼を交互に見る。

 わかるぞ、その気持ち。俺も最初、九鬼に話しかけられた時は似たような気持ちだった。


 喜びでトリップしている恋歌を、後方腕組み幼馴染として見守る。

 すると、「でも」と九鬼が口を開いた。



「意外だったかな。常澄くんと恋歌ちゃんが、こんなに仲がいいなんて」

「う、うんっ。幼馴染、ですっ……!」

「……幼馴染?」

「そうっ。ウチ、十夜、幼馴染っ」

「ちょちょちょ、近いっ……!」



 興奮しすぎて語彙力が死滅してるぞ。

 とりあえず宥めるために、恋歌を羽交い締めにして九鬼から引き剥がす。



「悪い九鬼。こいつテンション上がりすぎてバグってて……」

「そ、それは見たらわかるけど……本当に幼馴染なんだね、2人って。普通、女の子を羽交い締めになんてしないよ」



 え、そうなの? このくらい普通じゃない?

 ……まあいいや。



「おい恋歌、落ち着け」

「おおおお落ち着いてなんていられないよっ。だって、と、とも、ととともっ……!」

「あーはいはい。友達できて嬉しいんだよな。わかったから深呼吸しなさい」



 言われた通りに深呼吸をしている恋歌を放置し、俺は九鬼の方に向かった。

 きょとんとしてる九鬼も可愛いな、くそ。恋歌といい九鬼といい、美少女がすぎるぞ。



「えと……なんであんなに喜んで……?」

「恋歌は……ちょっと見た目とかで勘違いされることが多くてな。今まで友達ができた試しがないんだ」



 嘘は言っていない。嘘は。

 ド陰キャのオタクってことは伏せてるから、そこは感謝してほしい。



「そういうこと……確かに、あんな噂ばかり流れてるとね……」

「ああ。本当はそんな奴じゃないんだ。純粋で、優しくて、ちょっと脆いけど……いい子なんだよ、恋歌は」

「それは、なんとなくわかるね。ちょっと話しただけなのに、この子には裏表がないってわかっちゃうし」

「ただ単純なだけだよ」



 陽キャに憧れたのも、最初は漫画やラノベの主人公だし。

 あの頃、食い入るように読んでたもんなぁ……また別のものに影響されなきゃいいけど。



「単純……素直ってことよね」

「そうとも言える」

「……いいなぁ……」

「……え?」



 今、いいなぁって……?

 言葉の真意を聞こうとする前に、九鬼は恋歌の元に行ってしまった。

 素直がいい、か……もしかしたら九鬼も、素直になれないことがあるのかもな。



「恋歌ちゃん。友達になったんだし、連絡先交換しましょう?」

「れ!? れれれの連絡先……!?」



 どこのおじさんだおのれは。

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