横島恋歌は〇ッチである──②
「え。れん……横島にプリント、ですか?」
翌日の放課後、担任の
須藤先生は全体的にゆったりした人というか、ほんわかした人というか。とにかくマイペースで有名だ。
そのおかげか、全校生徒のママとして生徒から絶大な人気を誇っている。
ゆったりウェーブの栗毛に、ゆったりとしたワンピース。雰囲気もゆったりしている。
その上美女と来た。こんな存在ずるいだろう。
須藤先生は笑顔で「はい」と頷くと、紙袋を渡してきた。
「実は今日、横島さんは風邪でお休みでして」
「俺も同じクラスだから知ってますけど……」
「私が行ってもいいんですが、常澄くんは横島さんのお隣じゃないですか。めんど……効率を考えて、常澄くんにお願いした方がいいと思いまして」
おいこの人、今面倒とか言いかけたぞ。いいのかそれで。
「ご褒美にこちらあげますから」
「ご褒美?」
須藤先生は、胸ポケットに入れていたものを取り出すと、俺の手にそっと忍ばせた。
……あめ玉?
須藤先生はしーっとウインクをし、「後はお願いしますね〜」と自分の仕事に戻ってしまった。
ご褒美、という名の買収のような……。
まあ、ありがたく頂戴しますがね。若干暖かいのもグッド。
須藤先生からもらったあめを舐めながら帰宅。途中で見舞いのプリンも買ったし。
家に入る前に、野暮用を済ませちまうか。
横島家の前に立ち、数回深呼吸をしてインターホンを鳴らす。
このインターホンも、もう1年以上振りか。
『はい? あっ、十夜くん! 久しぶりねぇ〜』
「お、お久しぶり、です。あの、俺……」
『あー待って待って。今開けるから!』
と、家の中からドタバタと音が聞こえてくる。
相変わらず元気だなぁ、おばさん。
「お待たせ、十夜くん!」
「い、いえ。待ってませんよ。それで、えっと……恋歌にプリントを持ってきまして」
「まあまあ、わざわざありがとう。そうだっ、どうせなら上がっていって。恋歌も十夜くんと顔を合わせた方が嬉しいだろうしっ」
「えっ」
そ、それは……いいんだろうか。いいのか?
別に恋歌と顔を合わせるのは問題ない。
けど、中学卒業の頃に言われたあの言葉を思い出すと……どうしても気が引ける。
「いえ、俺はここで──」
「ほら入って入って」
「ちょっ……!」
相変わらず押しが強いよおばさん……!
おばさんに引っ張られて、家の中に入る。
……懐かしい。横島家の匂いというんだろうか。すごく落ち着く。
「それじゃあおばさん、ちょっとご近所付き合いがあって出て来るから、恋歌のことよろしくね」
「え」
「冷蔵庫の麦茶、勝手に飲んでいいわよー」
「え」
それじゃねーと手を振り、おばさんは出て行ってしまった。
静かな家に取り残される俺。
この家には今、俺と恋歌の2人きり……て、こと?
……そりゃねーぜ、おばさん。
と、とにかく、恋歌にプリントと見舞いの品を渡して、さっさと帰ろう。
2階に上り、馴染みのある部屋の前に立つ。
ここが、恋歌の部屋だ。
胃を決して、扉を3回叩く。
「あー……恋歌、俺だ。十夜だ」
「……とー、や……?」
中から苦しそうな声が聞こえてくる。
ためらいながらも部屋に入ると、恋歌の匂いが鼻腔をくすぐった。
……部屋の中は、1年前と変わっている。家具の配置も、置いてあるものまで。
窓もカーテンもしまっている。
薄暗い中、おでこにひえひえシートを貼った恋歌がいた。
「……どーして、とーやが……?」
「プリントを渡しにな。あと、まあ見舞いとしてプリンも買ってきた」
ベッド横のテーブルにプリンを起き、プリントは勉強机に。
換気のために窓とカーテンを開けると、涼しい風が吹き込んできた。
「大丈夫……なわけないか」
「……つらい……」
「だろうな」
相当熱が高いのか、汗をかいている。
枕元のタオルを手に汗を拭いてやると、恋歌はむず痒そうに顔をしかめた。
「きたないから……」
「汚くなんてねーよ。俺らの仲だろ」
「でも、ウチ……」
「あのこと、気にしてるのか?」
「……ぅん……」
熱のせいか、それとも当時のことを思い出してか。
恋歌の目に、大粒の涙が浮かんだ。
「気にしてない……なんて言ったら嘘になるけど、恋歌なりに考えたんだろ、あれは」
「でも……しっぱいしちゃった……」
「だろうな。見てて思った」
「うぅ……」
本格的に泣き出してしまった。
いつも堂々とし、気丈に振舞っていた横島恋歌。
彼女はビッチなんかじゃない。
ド陰キャの中学時代を卒業し、高校デビューで盛大に大失敗をした……ボッチである。
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