十六話 波乱の投票
なんだこれ。
僕はみんなでわいわいと意見出し合って、投票で綺麗に終わると思っていたのに。
現在の教室は少し前と打って変わって荒れている。
あるものは興奮し、あるものは冷ややかな目、不安な表情をしている人もいる。
そしてあるものはもう少しで自分の願いが叶うと歓喜しているようだった。
どうしてこうなったのだろう。
僕の眼前では誠が男子の一部と結託し、一つの案を可決させようと扇動している。
一つの案とはそう、先ほど話していたとき、誠がだしたメイド喫茶というもの。
それがなぜ今こうも荒れている理由になるのかというと、委員長が話し合った案の内容について発表や新たに思いついたことを聞いていたときだった。
クラスの人たちで話し合った案を沢山出し、もうこれといった案が出なくなり投票に入ろうとした委員長を止めて誠が話し始めたのだ。
「委員長一ついいか」
「あぁもちろん、何かな」
「俺は蒼に否定されたが男の夢はやっぱり諦めきれない! 委員長俺は文化祭でメイド喫茶をやりたい!」
その一言にクラスが静寂に包まれる。だがそれも一瞬のことで、誠の案に賛同するかのように一部の男子から歓喜の声が湧き上がる。その一方で女子からは非難の声が上がっている。どうやら女子はメイド喫茶なんてやりたくないみたいだ。
「よし委員長、投票に移ろう!」
誠は委員長に声をかけ投票を始めようとする。
投票が始まってしまえばこの案をなくすことはできない。
メイド喫茶という案をやめさせなければと、立ち上がり投票を始めさせようとする誠を止める。
「待て待て誠!」
「なんだよ蒼!」
「メイド喫茶はやめようよ、女子達も嫌がってるし」
「ここは案を出すときだろ蒼! 俺は全男子の夢を叶えたいんだ!」
「全男子の夢は一旦置いておいて、その案で苦しむ人がいるかもしれないでしょ!」
「っぐ、それはそうかもだけど。じゃあ蒼!お前は見たくないのかよ!」
「み、見たくないとは言ってないだろ! ただこれでもしメイド喫茶に決まったら、男子だけが得をして女子達はなんも得しないでしょ!」
「む、むぅ」
僕の言葉に少し押され気味にな誠を男子達は「負けるな!」などと鼓舞し始める。
同時に女子達からは僕に対しての激励が飛んでくる。
奇しくも完全に僕と誠が、女子対男子の代表者のようなものになっている。
「それに予算のこともあるでしょ! メイド服なんか予算のうちで調達できるのかい? できたとしても余った予算で喫茶店として回せるレベルに到達させられるか?」
「せ、せんせー。予算って足りるかな?」
誠は予算のことが頭になかったようで先生に聞き始める。
「あぁ? 予算? 朝言ったろ予算はあんま多くねぇぞって。それに言うの遅くなったけど、お前らの白熱してるバトル意味ないぞ」
「「え?」」
「え? って当たり前だろ、なんで地域の人も参加するような文化祭でメイド喫茶が許されると思ってんだ。しかも高校生、上からの許可おりねぇよ」
「......そうなんですね。 ってもっと早く言ってくださいよ!」
「あはは、わりぃわりぃ。誠の熱意が凄すぎて忘れてたわ」
「「はぁ......」」
今までの言い争いはなんだったんだ。
僕と誠は今まで言い争っていた意味をなくし、力無く席に座る。
メイド喫茶という夢が砕け散り机に項垂れる誠を見て、誠の隣に座っている紬はお腹を抱えて笑っている。瑞樹はそんな様子の誠を呆れたような目で見ていた。
そんなこんなで教室は落ち着きを取り戻し、委員長がこれ以上の案の提案がないことを確認すると、投票を始めた。
一人二票ということで集計に少し時間がかかったが、上位二つを絞れた。
上位二つは、お化け屋敷と屋台だった。
「おぉ! お化け屋敷残ったね」
「そうだね!! 私はこのままお化け屋敷やりたいかな!」
「俺怖いの得意じゃないけどみんなで作りてぇし、俺もお化け屋敷かな」
「私も、提案した人だからお化け屋敷にするわ」
「僕もそうするよ」
僕たちはみんなで出したお化け屋敷に投票することにした。
誠はあれから立ち直りが凄まじく、悲しみに打ちひしがれていたのはほんの数瞬で、いつの間にか元気になっていた。
「それじゃあ2回目の投票始めるのでやりたいものに手をあげてください」
委員長が声をかけて投票が始まる。
屋台に上がる手が少し多いように感じてドキドキとしていて、お化け屋敷の投票の時の手の上がり方を見てもどちらの方が多かったかわからなかった。
委員長が二人で集計しておりすぐに結果がでた。
「えーと、集計の結果二票の差でお化け屋敷の方が多かったので、文化祭で行うものはお化け屋敷に決定です」
どうやら無事お化け屋敷に決まったようだ。
この決定がとても嬉しかったようで、紬と誠は一緒にはしゃぎ始める。
僕も自分たちで出した案に決まったことに嬉しく思っていると、ふと横が気になり瑞樹の方に顔を向ける。
瑞樹はあまり態度に出してはいなかったが、その表情は少し笑みが溢れていた。
そのほんのわずかな表情の違いに心が動かされる。
もっと笑っていてほしいとそう思ってしまう。
彼女の横顔を見ているとふいに目が合う。
「蒼くんどうかした?」
「あぁ、いや、お化け屋敷に決まって嬉しいなって思って」
「ええ、そうね。文化祭当日が楽しみだわ」
そうこうしているうちに授業終了の時間が迫っていた。
「おーし、 放課後のこともあるからちょっと早いけど授業終わるぞ〜。このままHRやるぞ」
そのまま先生はHRも始め、いろいろな連絡事項を言っていく。
「連絡は以上だ。あぁ、あと最後に今日俺放課後いないから、わからないことあったら全部副担に聞けよ〜。水無瀬はこの後来いよ。おし終わるぞ、号令」
「起立 礼」
そうしてHRが終わると誠が話しかけてくる。
「なぁ、放課後って副担来るまで教室待機なのかな? てか蒼、柊木先生に呼ばれてたけどなんかあった?」
「あ、そうだ言ってなかったね。さっき僕倒れたでしょ? それで先生が一応放課後に病院行くぞって言われたんだよね。だから今日は放課後一緒にできないみたいなんだ、ごめんね初日なのに」
「え! そうなのか。まあなんかあったら心配だし行ってこいよ」
「えー! 蒼くん今日放課後いないの? みんなで作業しようと思ってたのに!!」
「こら、紬。あまり蒼くんのこと困らせないの、それに彼の体のことなんだからしっかりと検査してもらった方がいいでしょ」
「ごめんね紬、瑞樹も。明日からはちゃんと参加するよ」
「わかった! 明日はちゃんと一緒にやろうね! 約束!」
「うん、約束」
みんなと話し終え、自分の鞄に教科書などを詰めていく。
詰め終わった時ちょうど教室に柊木先生が来て声をかけてくる。
「水無瀬、もう行けるか?」
「はい、今行きます」
「じゃあね!蒼くん!」
「検査しっかりなぁー」
「蒼くん、また明日ね」
「うん、みんなまた明日」
声をかけてくれたみんなに別れの挨拶をして、先生の元へ向かう。
先生の隣を歩いていると話しかけられる。
「で、その後の体調はどうだ?」
「もう、万全ですね」
「そうか、そりゃよかった。あ、車の鍵忘れた。先駐車場行っといて、職員室に取り行ってくるわ」
「わかりました、待ってますね」
先生は廊下を走りながら職員室へと向かっている。
あの人はなんで先生をやれてるんだろうな。
そんなことを考え先生の車まで行く。
先生はすぐ駐車場まで来て、僕と一緒に車に乗る。
「おし、いくぞ。シートベルトつけろよ」
「はい」
いつもはタバコでも吸っているのだろう、車の中はタバコの匂いが充満していた。
先生も少し気を使ったのか、窓を開け換気しながら車を走らせる。
先生には似合わないそんな少しの気遣いに笑いが込み上げてくるが、我慢する。
タバコ臭い匂いは、どこか落ち着くような感覚もある。
そんな落ち着くような、落ち着かないような車に乗り、僕は病院へと向かった。
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