十三話 異変


 双葉くんと勝利を噛み締めながら話していると他の3人もこっちに向かってくる。


 誠は小走りでこちらへ駆け寄りその勢いのまま飛びついてくる。



「うっ、おも」

「よーしよし! よくやったぞお前ら!」



 誠はそういうと僕たちを両脇で挟むようにし、頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


 その豪快な手つきには粗荒さはなく意外にも心地が良い。



「ちょ、ちょっとくすぐったいってば。ほら双葉くんだって迷惑してるよ」

「え、ごめん双葉嫌だったか?」

「いやそんなこと全然ないよ、うんなんともない」

「そっか、それならいいんだけど」



 そんな誠の様子を少し呆れたように海斗くんが見ていて、その隣では興奮気味な一樹くんが僕を凝視していた。


 えぇ、なに、何かしたか僕。ちょっとその目は怖いなぁ。


 そんなことを思っていると急に両手を掴まれる。



「すげぇよ!なんだあれマジですげぇ」



 興奮のあまり手を握る力がちょっとだけ強くて少し痛い。



「一樹くん痛い、ちょっと痛いよ」

「あぁ、すまん。ちょっと取り乱した」



 僕の言葉を聞いた一樹くんはパッと手を離し謝ってくる。


 一樹くんはこうやって思ったことをすぐに口に出したり、行動したり謝れたりできるとても素直な人なんだろう。


 あとは少し口の悪さを直せばもうちょっと関わりやすい気がするけど、本人が気にしていないなら口に出すことでもないかな。



 一樹くんの裏表のない綺麗な賞賛に少し恥ずかしさを感じていると、一樹くんの隣にいる海斗くんはうん、うん、と頷いていた。



「一樹くんはもう少し落ち着こうよ、でもまぁ一樹くんが興奮するのも無理ないよね。素人目で見ても物凄いことが目の前で起きてたんだし。僕だって蒼くんの動きを見ていることしかできなかったしさ」



 人間業じゃないね。と付け加えながら海斗くんも褒めてくれる。



「そういえばごめんね海斗くん」

「ん? 何がだい?」

「ほら一樹くんと双葉くんは一点ずつ決めたでしょ? でも海斗くんは決められなかったし」

「なんだそんなことか、いいよ別に。チャンスを外したのは僕だし、それにもっといいものも見れたしね。とても楽しかったよ」



 外したことを悔やんで入るが楽しめたようで何よりだ。これでみんな楽しめたな。


 頑張ったぞ僕!さぁステージへ戻ろうか。そう思った時



「っておい! 俺は!?」

「え?」

「え?じゃねぇよ!俺点決めてないけど一言もなんもなしかよ!」

「あーうん。誠も楽しかったよね?」

「おせぇよ! 完全に忘れてただろ俺のこと! まぁ楽しかったからいいけどよ」



 誠には本当に申し訳ないが他の3人で一杯一杯だったのでほんの少しだけ記憶から消えていた。



「次の試合もあるしここに長くたむろしてるわけにもいかないから、ステージへ戻ろうか」

「おーそうだな」



 が起きたのはみんなに声をかけ一歩踏み出した時だった。



 ドクン



 一つ大きく心臓の脈打つ音が耳へと響く。



「蒼?」



 さっきまでしっかりと踏みしめていた地面の感覚が消えた。


 周りの音すら聞こえない。ただ一つ聞こえるのは自分の心臓の音だけ。


 手が痺れる、息が浅くなっているのがわかる。


 心臓が痛い、胸が苦しい。


 視界が狭まっていく。


 落ち着け、落ち着け、ゆっくり深呼吸するんだ。



「ヒュー...ヒュー...ゴホ、ゴホ」


 少しずつではあるが呼吸も胸の痛みも落ち着いてきた。



「....なせ...みなせ..水無瀬!」



 あまり意識がはっきりとしていないが、誰かに呼ばれている。


 呼吸を落ち着かせて顔をあげると、ステージでいた先生がいつの間にか目の前にいた。



「......せんせい」

「大丈夫か? 立てるか?」

「はい。」



 立ちあがろうと足に力を入れて立つが、うまく力が入らず倒れてしまいそうになる。


 先生が僕の肩を掴み、僕に肩を貸してくれる。



「無理するな、無理なら無理と言え」

「すいません。力抜けちゃって」

「話はあとだ、誠」

「っはい!」

「すまんが、水無瀬を保健室に送ったら戻ってくるからそれまで少し頼んでいいか?」



 誠は突然のことの連続で取り乱していたが、それを了承する。



「わかりました。でも先生、蒼は大丈夫なんですか」

「......大丈夫だ。貧血か立ちくらみだろう、とりあえず保健室で寝かせてくる。じゃあ、あとは頼んだぞ」

「はい。大丈夫か蒼」

「......変に心配かけてごめんね、少し休むよ」

「おう、お大事にな」



 僕はそのまま先生に半ば担がれるような形で保健室へと向かった。



 保健室に着くとちょうど保健の先生が出ているようで、来室用紙に名前を書き先生にベットへ寝かされる。



 先生はベットの横に椅子を持ってきて、呆れたような口調で話し始める。



「気分はどうだ」

「最悪ですね」

「だろうな。......こんなことになる可能性があったから俺は止めたんだ」



 その声には少し怒気が混じっているようで、叱られているような諭されているような変な気分になる。



「ごめんなさい」

「ごめんなさいで済んでるなら、お前はここに寝てないぞ。もっと自分の状況自覚するんだ」

「......はい、ごめんなさい」

「ふぅー。......俺はお前に幸せになってほしいんだ。お前が姉さんのことで負い目を感じてるのはわかるけど、俺は」

「先生、ありがとうございます」



 少し、その先の言葉を聞くのが怖くて先生の言葉を遮ってしまった。


 ほんの、ほんの一瞬保健室が静寂に包まれる。


 先生は少々呆れた様子で席を立つ。



「わかってるならいいさ、だけど次はないからな」

「はい」

「制服は授業終わりにでも誠に届けさせるからお前はベットで横になって絶対安静な

 わかったか?」

「.......」

「返事は?」

「......はい」

「よし。それと念の為に放課後は俺と病院な。」

「わかりまし、、え?」



 放課後?今日から確か文化祭準備期間だったよね、放課後ってたしか6時間目で決めたことに取り組むってやつだったはず。



「先生でも今日から確か、文化祭準備きか」

「あ? なんか文句あんのか? お前が調子乗ったせいでこうなってんだろ?」

「はいぃ。......あでも何かあった時のために先生は学校に残ってたほうがいいんじゃ、」

「そのための副担任だろ。今日は全部あいつに任せる」



 これはもう逃げられないやつだ。



「あ、はい」

「それにしてもさっきより元気だなぁ? もしかして仮病だったか? それなら絶対安静にしてろと言ったが起きててもいいぞ、その代わりたくさん課題持ってきてやるよ」

「いや〜先生ちょっと頭がくらくらするのでこのまま横になってていいですか?」

「おう、なっとけなっとけ。それじゃもう俺はいくから、お大事にな」

「はい。ありがとうございます」



 先生は別れを告げると、保健室の扉をあけひらひらと手を振って去っていった。


 静かになった保健室は少し独特の香りがする。


 横になっていることもあるのだろうが、その香りがすごく眠気を刺激する。


 先生の言葉に甘えて授業が終わるまで寝てようか。



「あぁまた先生には迷惑をかけて、助けられたな」



 あの人にはいつまで経っても頭が上がらないや。


 そんなことを考えているうちに眠気が限界になっていた。


 このまま寝よう。起きたら体調良くなっているといいな。




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