十二話 歓声
相手ボールで再開された試合はこちらのチームが攻められ続ける劣勢だった。
それも当然のことで相手のチームにはサッカー部が二人いるが、こっちのチームはサッカー経験者が僕を除けば誰一人としていない。
それでも点を決められていないのは後ろにいる誠と、左で器用に攻めにも守りにも転じている海斗くんのおかげだ。
右にいる一樹くんや双葉くんはディフェンスしようもすぐに抜かれてしまっている。
双葉くんに至っては何をすればいいのかわからずフラフラと歩いたり立ち止まったりと若干挙動不審気味になってる。
そろそろこちらも攻めたいところだが起点になりそうな誠は後ろだし、最初に抜け出した海斗くんはずっとディフェンスにつかれてフリーになるのが難しい状況だ。
そうこうしてるうちに相手チームがボールを持って攻めてくる。
「そろそろ一点もらうぞ!」
相手が二人抜け出し、誠と2対1のになってしまう。
このまま誠が抜かれるとキーパー経験がない僕はサッカー部二人にまんまと点を決められてしまう。
「誠無理に行かなくていい! 一人に限定してついて!」
「おう! やってやる!」
誠は僕の声を聞くと、そのままボールを持っている人をこれ以上前に行かせないようにディフェンスする。
だが相手はサッカー部二人、誠の軽いディフェンスはパス交換で抜かれてしまい相手はフリーで走ってくる。
それでも誠はなんとか食らいつき僕の言った通りコースを限定してくれる。
「っんにゃろ! 打たせるかよ!」
「遅いな誠! これで決める!!」
誠の努力も虚しく抜かれてしまい相手はシュート体勢になる、だが誠がギリギリまでついていったおかげで、相手は本来想定していた場所から打つことはできなくなっていた。
誠は頑張ってくれた。あとは僕が止める。
まだ飛ばない、
相手の軸足をしっかり見ろ。
あの体勢から打ちやすい場所はどこだ。
予測しろ。反応しろ。
「決まれ!」
反応しろ!
「ここは右上隅だろ!」
僕は精一杯右手を伸ばす。その瞬間に手のひらに衝撃が走りボールが上へと弾かれる。
僕の予測と反応が当たりボールを弾くことができた。だがまだボールは宙にある。
シュートを打った人は宙に弾かれたボールをヘディングしようとジャンプするが、キーパーの方が手を使えて高いのでそのままボールをキャッチする。
「はぁぁぁ!? 何で今の止めれんだよ!」
「おお、おぉぉ!! すげぇ蒼!! よく止めたな!」
敵味方関係なく驚嘆の声が響く。
「ぼ、僕も止められるとは思わなかった......止めれたらいいなぐらいで」
「なんで蒼が一番驚いてんだよ! 止めたのお前だろ!」
「う、うん。そうだけどさ」
「とりあえず次はこっちから攻めるぞ」
誠の言葉を聞き残り時間を見る。
タイマーに映し出された残り時間は40秒程、そろそろもう一点決めたいあわよくば双葉くんに決めてもらいたい。
どうしたものか。
海斗くんも一樹くんもマークつかれてるし、だからといって双葉くんに直接ボールを蹴っても止められるかわからない。
それなら全力で抜きに行ってみるか。
「誠」
「ん?」
「最後にさ、楽しんできていいかな」
僕の言葉に誠は満面の笑みを浮かべる。
「おう行ってこい! 全力で楽しめ!!」
「ありがとう。行ってくる」
僕は相手チームに誠とキーパーを変わることを伝える。
相手チームには少し緊張が走っていたが変わってもいいと言われ、誠のポジションに移動する。
「さぁもう一点決めて終わらせようか」
キーパーの誠からボールをもらい前を向く、奇しくも一点目を決めた時のようにサッカー部の人二人が僕の前に立ちディフェンスしてくる。
「さっきはパス出されたけど、次は抜かせもしないしパスも出させないぞ」
その言葉通りにサイドにいる二人にはピッタリとマークがついている。
相変わらず双葉くんには誰もついていないが、僕も今の状況で双葉くんには出せない。
この二人を抜くしかないが、2対1だそんな簡単には抜けるはずがないと思ってるんだろう。
その表情から少し余裕が感じられる。
僕を前にして余裕か、
今からその余裕を消してやる。
ボールを足裏で少しづつ動かしながら相手との距離を測る。
ほんの少しの心の余裕がプレスの甘さに出ていた。抜くなら油断してる今だ。
僕は即座に前へと動きながらシザースといわれる跨ぎのフェイントを入れる。
相手は釣られそうになりながらもしっかりとついてくる。僕の急な動きを見て余裕の表情は崩れていた。
「いいのかな、さっきみたいに少しプレスが甘いんじゃないかな?」
シザースとボディフェイントを使い相手の体勢を崩していく。
左足の外側でボールを少し触ると足元から少し離れる。
相手から見るとその動きはミスキックに見え、即座にそれに食いついてくる。
だがこれは僕の意図した動きで、相手の足にボールが触れる寸前に足の内側で触りあ二人の間を縫うようにボールを動かし二人を躱す。
その予想外の動きに二人は体勢を崩し尻餅をついきながら驚愕の声をあげる。
「あの動きの後にエラシコ!? うますぎんだろ!!」
僕が使った技術は、エラシコと言われるボールを足の外側で触ったあと即座に内側で触りボールの軌道を変える技だ。
この技は使いすぎると止められてしまうようになるのでここぞという場面で使うのがとても効果的であり、今それを体現した。
フリーで飛び出した僕の動きを見て一樹くんについていた人が僕の方へと走ってくる。
その動きを見て僕も少し右に寄り、走りながらボールを運ぶ。僕が走ってきたことに驚きながらもしっかりと僕の動きを見ていた。
僕は速度を落とさずそのまま目の前までボールを運ぶ。
相手の右側にほんの少しボールを転がすとそれに足を出してくるので、右足の裏で自分の方へと転がしそのボールを軸に躱わすルーレットという技で抜き切る。
あぁ、すごく楽しい。自分のやりたいことにうまく体がついてくる。
人を、自分を、動かしたいように動かせて、ボールをうまくコントロールできる。
うん、とても気持ちいい。やっぱり僕にはこれしかない。
「...あぁもっとやりたかったな。」
僕の独走状態を止めるために、遅れて海斗くんについていた人が走ってくる。
でも今来てももう遅い。
「水無瀬を止めろ!」
後ろから先ほど抜いた人の声が聞こえてくる、僕を止めにきてももう意味はない。
僕はみんなで楽しみたいと思ってるんだ、そして僕はもう十分楽しんだ。
あとは君の番だ。自分で決めた勝利を楽しんでほしい。
「双葉くん!!」
僕が出したパスは誰もが予想していなかった場所へ、誰も警戒していなかった人の足元へピッタリと繋がった。
「決めろ!」
双葉くんは、突然来たパスに戸惑いながらも意を決しシュートを打つ。
相手キーパーはその突然のことに反応できず、双葉くんのシュートは見事ゴールネットを揺らす。そしてそのあとすぐに試合終了のブザーがなった。
ブザーがなったあと一瞬の静寂が流れ、次の瞬間にはものすごい歓声がステージから聞こえてくる。
「うおぉぉぉ! なんだあれ凄すぎだろ!」
「何あの動き、私全然見えなかった!」
「水無瀬お前キーパーもできんのかよ!」
たくさん聞こえてくる声が少し恥ずかしく感じたが、そんなことは今あまり気にせずそれよりもものすごく話したい人を探す。
その人は自分は何をしたかいまいちわかってないのか、ゴール前で呆然と立ち尽くしていた。
「双葉くーん!」
「や、やった。やったよ蒼くん!わっ!」
「ナイスシュート双葉くん!!」
双葉くんを見つけるとすぐさま駆け寄り、双葉くんが決めたシュートがとても嬉しく思わず勢いよく抱きついてしまった。
「あっ、ごめん双葉くん。大丈夫?」
「うん、なんともないよ。」
「それより! どうだった? シュートだけだったけど楽しかった?」
「うん! すごく! 蒼くんの動きを見てるだけですごい楽しかったし、最後にパスももらってなんかもうすっごい楽しかった!!」
興奮のしすぎで語彙力がすごく落ちていたけどそれだけ楽しめたってことだろう。
屈託のない双葉くんの笑顔がものすごく嬉しく感じた。
その笑顔が見れただけで頑張った甲斐があったものだ。
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