167ストライク 2人のコーチ

 サイモン協会長と話したあの日から約1週間ほどが経ったある日の事。


 俺はユリアから呼び出しを受け、待ち合わせ場所であるベスボル協会へと向かっていた。


ーーー珍しい事もあるものだ。


 それが1番の印象だったが、ユリアの声色はいつもと少し違ったようにも思えた。何かあったのかもしれないなと考えながら扉を開くと、待合スペースで1人座っていふユリアの姿を見つける。



「珍しいな。ユリアから呼び出すなんて。」



 近づいてそう声をかけつつ、対面のイスへと座り込む俺に対して、ユリアは読んでいた新聞をテーブルへとおくと顔をこちらに向けた。



「あと3週間で試合ね。」


「おぉ、そうだな。」


「そちらのメンバーはやっぱりあの2人なのよね。」


「うん。そこは変えるつもりはないよ。2人は俺のチームメイトだからね。」



 2人というのはミアとオーウェンの事だ。2人とも俺のチームの仲間だから、今度の試合は彼らに託す事にしたのである。



「そう……」



 ユリアは視線を逸らしながらそう呟いた。

 その様子は何やら含みを持たせたような態度で、やはり違和感を感じた俺は問い返す。



「なんかあったのか?」



 だが、ユリアは視線を合わせずただ唇を噛み締めるだけ。



「なんだよ。何かあるならちゃんと言わないとわからないぞ。呼び出すくらいだから大切な用事なんだろ?」



 ユリアから呼び出すなんて、俺ですら最初に連絡を受けた時は驚いたくらいだ。勇往邁進、唯我独尊の代名詞のような彼女がこんな表情をしているなんて、何かあったに違いないのは確かである。

 俺はユリアが口を開くまでゆっくりと待つ事にした。こういう時はあれやこれや聞くとユリアは気分を損ねるから、気長に待つのが大切なのだ。

 協会内の喧騒が流れていく。受付では相変わらず忙しくしているシャロンがテキパキと仕事をこなしている様子が窺える。



「実は……私のチームの事なんだけど……」



 少しばかりの時間が流れた後、ユリアが静かに口を開いた。俺が視線とともに体ごと彼女へと向き直ると、それを合図にユリアは言葉を綴り始める。



「実はこのベスボル協会へ出資している貴族から、私のチームメンバーについて打診があったのよ。」


「出資している……貴族?」



 俺が少しキョトンとした顔を見せると、ユリアは呆れ顔を浮かべて大きなため息をつく。



「はぁ……あんたの場合、そこからな訳ね。いいわ。せっかくだから教えてあげる。」



 ユリアはそう言ってわかりやすく説明をしてくれた。

 その話によれば、ファイス宗国のベスボル協会には貴族の出資者がいるらしい。と言うか、ここだけではなく大抵の協会は貴族の後ろ盾の下で成り立っている。協会の運営は基本的に彼ら貴族が出資してくれた資金で行われているため、運営に口を出してくる貴族も多いんだとかなんだとか……

 だが、ここファイス宗国に貴族はいない。本来なら国が全額補助を出して運営するのだが、どんな世界にも物好きはいるものである。



「この国のベスボル協会は、例外的に帝国の貴族からの出資を受けているの。」


「へぇ……帝国の貴族が?国が違うのにまたなんで?」


「ベスボルの発展は皇帝陛下の願いでもあるし、その意向に賛同している貴族はけっこう多いのよ。外交的にもいい関係性を示せるし、そういった事に取り組む貴族はいるのよ。ただその貴族に限っては私的な理由で出資しているんだけど……」


「本当の意味で物好きなんだな。その貴族様は。」


「えぇ、そうね。私の父上はそういう人なのよ。」



 え?なんか今、不穏なワードが聞こえた気がするけど。

 胸を何かが締め付ける感覚に襲われ、その感情に少しばかり焦りを募らせつつ俺はユリアへ聞き返す。



「んーと、ユリア?今何か気になるワードが聞こえた気が……」


「聞こえなかったの?この協会へ出資している貴族はプリベイル公爵家なの。あなたも知っての通り、私の実家である、ね。」



 俺は言葉を失った。

 別に出資しているのがプリベイル公爵家だからという訳ではない。プリベイル家がユリアがいるこのファイス宗国のベスボル協会へ出資しているという事実に関して、驚いたのである。



「なんでユリアの親父さんはここに出資を?」



 そう尋ねると、ユリアは少しムッとした表情を浮かべた。



「私が知っていたと思う?」



 そう言われるとその通りだと思った。

 でなければ、彼女は今日俺を呼び出したりはしていない。今回それを知ったユリアは、自分の父親が何かしらの手を打ってきたのだと確信した。そして、それは俺にもユリアにも良くない事であったため、俺に相談したかった。

 たぶんそういう事なのだろう。


 腕を組んでいろいろと思案している俺を見て、ユリアが小さくため息をついた。



「話というのはさっき言った私のチームメンバーの事よ。そいつらがちょっと厄介なのよ。」


「厄介……?」


「えぇ……スポンサーである父上が協会長へ打診したらしくてね。この2人よ。」



 ユリアはそう告げると、選手の情報が書かれている紙を2枚俺に手渡した。受け取った俺は1枚ずつその中身に目を通していく。


 1人目はライオネル=バッツと言い、名前に似て獅子のような髪型をしたいかつい男。そして、もう1人はダコンダ=ギース。全体的にヒョロ長く、蛇を想像させる様な三白眼が特徴的な男。

 どちらも確かに強そうな選手だが、第一印象としてはあまり脅威には感じられない。ユリアは何をそんなに懸念しているのだろうか。

 そう考えていた矢先、彼女の口から驚く言葉が飛び出した。



「2人とも、あのゲイリーの教え子なのよ。私の元コーチだった……ね。」

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