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 「メフィアからの連絡は?」



 自室の窓際に立っている彼が景色を見ながら尋ねると、執事長は小さく「定期に。」とだけ答えた。

 ただ、それに対するマルクスからの反応はなく、彼はただ静かに窓から見下ろせる庭園を眺めているだけだ。

 無音が支配する世界が少しだけ続いた後、マルクスは振り返って執事長に仕事へ戻るように促した。執事長が丁寧に頭を下げ、無言で部屋を後にする様子を表情さえ変えずに見送ったマルクスは、自身の仕事用のテーブルの前へと移動してイスへと腰掛ける。

 視線を落とす事なく、テーブルの上に置かれた1つの書籍に手を載せ、その感触を確かめる様に表紙を指でなぞっていく。



「まったく、毎度の事ながら陛下も面倒な事を……」



 小さく呟き、同時にため息をついたマルクスは、ファイス宗国選手名簿と書かれた書籍へと視線を落としてゆっくりとそれを開いた。

 

 ユリアがファイス宗国にいる事は知っている。勘当した後からずっとメフィアに動向を探らせており、定期的に状況を報告をさせていたからだ。

 ただ、これは娘が心配だからではないとマルクス自身は考えている。公爵家を勘当されて何の力もなくなったユリアだが、ベスボルの才能は間違いなくある。自分は娘に対してそれだけの教育をしてきたし、彼女にもまた素質が十二分にあった。

 だからこそ、他国は彼女を放っておかないだろう。自分の国にそれだけの才能ある選手が来たとなれば、必ず自国のプロリーグへと上げようと躍起になるはずだ。現にファイス宗国のベスボル協会長はユリアを早くアマチュアリーグへ上げたがっており、協会に出資しているプリベイル家にも何度か打診があっている。

 

 しかし、それはマルクスが望むところではなかった。勘当した娘がどこで何をしようが勝手ではあるが、他国のベスボル選手として成り上がってもらうのだけはいただけない。もしそうなってしまっては、プリベイルは若い才能を他国へ流出したと影で噂されかねないからだ。



「公爵家としての威厳を保つためには、邪魔となる要因は全て排除しなければならんからな。」



 マルクスはそう呟いて、名簿に書かれている選手の情報を目でなぞっていく。

 しかし、娘の事もそうではあるが、邪魔となる要因と言えばイクシード家の娘も懸念の種である事は間違いない。しかも奴は今、ファイス宗国にいてユリアをチームに加えようとしているとメフィアから報告が上がっている。



「ムースの奴も使えなかったし……奴をどうするかは今後の課題だな。」



 以前、あの娘を亡き者にするためにはどうすればいいかとメフィアへ相談してみたところ、彼女からムースを利用する案が挙げられた。確かにムースを使ったところで彼が例え失敗しても公爵家が疑われる事はまずないと考えたマルクスは、その案を採用した訳である。

 彼は誰のせいだか職を追われ、金にかなり困っていると聞いていたし、ソフィア=イクシードが冒険者として登録しているなどの情報も入手していた。だからマルクスは、ムースにキメラの核を持たせて近くアネモスへと商談に向かう豪商ケルモウを襲わせるという計画を企てた訳だが、ソフィアの予想外の強さによって結果的にその計画は失敗に終わったのである。



「しかし、今はこれと言って奴を貶める材料がないのも事実だ。」



 名簿のページを捲りながらマルクスはそう呟いたが、これは別に弱音でもなんでもない。ソフィア=イクシードを直接貶める事ができないのであれば、今回開催される試合でユリアに圧勝してもらうことで奴の思惑を挫いてやればいいのだから。

 そして、ユリアが直接試合には出ず監督として采配をするという条件も、マルクスにとっては願ってもいない事実なのである。彼女は基本1人で行動しており、仲間などいない中でチームメンバーを選出しなければならない。であれば、そこにこちらがスポンサーとして手を加えてやればよい。采配など必要ないほど技術を持った選手を彼女のチームに選んでやれさえすれば、ユリアは試合中にやる事がなくなって孤立させられるはずである。

 それに試合は非公式だがエキシビジョンマッチで、多くの観客が訪れると予想される。そんな中で圧倒的な力を持つ選手を選出して圧勝したともなれば、皆ユリアの采配に疑問を持つだろう。

 

 これは八百長なのではないか、と。

 

 そうなれば、ユリアは当分の間はプレイしにくくなるだろうし、逆にユリアのチームに加えた選手たちを優先してアマチュアリーグへ推薦する言い訳にもなる。


 そこまで考えてマルクスはニヤリと笑う。

 大した策ではないが、これで少しはユリアとイクシードの邪魔はできる。



「まぁ奴らの事はメフィアが見張っているからな。動きがある度、今回のように邪魔をしてやればよかろう。」



 マルクスはそう呟いて途中まで眺めていた選手名簿を閉じる。

 そして、再び立ち上がると笑みを浮かべたまま部屋の窓の外へ視線を向けたのだった。

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