168ストライク 課題を与えます

 ゲイリー=メソッド。

 以前プリベイル公爵家でユリアのコーチを務めていた男であり、聞けばあのベスボル界No.1プレイヤーであるバース=ローズを教えていた事もある。

 もちろん、ベスボルの現役選手時代もかなり活躍をしていたらしく、ベスボルに携わっているものなら知らない者はいないくらいの有名人である。

 そういう輝かしい実績を持つ男だが、ユリアと俺の試合の後、プリベイル家の専属コーチから解雇されたと聞かされた。その理由は簡単で、ユリアが俺に負けたその責任を取ったという訳だ。


 そんな彼が今コーチとして指導している2人の選手が今回の試合の相手となるというのは、どういった風の吹き回しだろうか。

 ユリアに聞けば、ゲイリーはマルクスからの依頼を受けて今回対戦する2名の選手のコーチを行っていたらしいが、解雇されたはずの彼が解雇したマルクス本人から再び要請を受け、今度はその娘の前に立ちはだかるとはなんてドラマチックな展開なのだろう。

 ゲイリーやユリアからすれば複雑な心境である事には違いないが、そのタイミングの良さにそもそもマルクス自身はこうなる事を予測していたのではないかと疑念すら浮かんでくる。



「う〜ん、大丈夫とは思うんだけど……」



 ファイス宗国のベスボル協会から帰る道すがら、俺はずっと思案を重ねている。

 ゲイリーの力は正直未知数であり、コーチとしての技術が高いのかどうかはわからない。なぜなら、教えていたのがあのユリアだからだ。

 彼女の才能はピカイチで血筋も良い。なんたってベスボル界のトッププレイヤーと言っても過言ではない、あのバース=ローズの親戚でもあるのだから、そんな彼女のコーチと言われてもその実力を測る事は現状では難しい。選手としての才能と教育者としての技術は必ずしもイコールになるとは言えないが、だからと言って楽観視する訳にもいかない訳で……



「仕方ない。ちょっと早いかもしれないけど、ミアとオーウェンにはあれを教えておくか。」



 俺はそう決心すると、泊まっている宿屋へ駆け足で向かった。





 宿屋に着いて入り口のドアを開けようとすると、遠くにミアとオーウェンの姿が確認できた。2人とも何か話し合いをしているようだったので、近づいて声をかける。



「2人で何やってんの?」


「何って……作戦会議だよ。」


「作戦会議?今度の試合の?」


「そうだにゃ。今回はソフィアが出られにゃいんだから、私たちでなんとかするしかにゃいにゃ。だから2人ならどんな事ができるのかを話し合って戦術を考えているにゃ。」



 2人の向上心には感心してしまう。

 まぁオーウェンはミアがやろうと言えば断る事はないんだろうけど、それも含めていい感じにまとまったチームだと思える。

 だが、戦術を考えるのは監督の仕事であって選手がする事ではないんだよな。



「2人ともありがとう。でも、作戦や戦術を考えるのは俺の仕事だな。今回は俺は監督として出るんだし。それは俺に任せておいて、2人にはやってほしい事があるんだけどどうかな。」


「「やってほしい事?」」



 2人が残念そうに声を揃えて尋ねてきた事が可笑しかったが、それは内心に留めて俺は話を続けた。



「オーウェンはスキルを使う時ってどうやって発動してる?」


「え?スキル……?そんなの使いたい魔力を体内で練って外に放出する感じで……」


「だよな。発動したいと思ってから初めて練ってるんだよな。」


「……?そんなの当たり前じゃないか。」



 オーウェンは俺の言葉にムスッとした表情を浮かべたが、その気持ちはわからなくもない。普通はオーウェンの言う通り、何のスキルを使うのかその時々で選択して魔力を練るのが、この世界におけるスキル発動のセオリーだからだ。


 だが、俺はこれまでの鍛錬の中でスキルに関するある事に気づいていた。

 俺がスキルを使う時は、基本的に数種類の魔力をバランスを考えながら練り合わせている。炎と水で『疾風迅雷・流』を使う様にその時々で魔力を選択しているのは周りと変わらない。しかしながら、ある時俺はこの"数種類の魔力を練り合わせる"事が何も同時でなくてもいいのではないか、と疑問に思ったのである。そして、その時すぐにスーザンの下へ向かい聞いてみたところ、彼女の答えは「理論的にはできる」だった。

 自分の疑問が間違っていなかったとわかった俺は、さっそく適正のありそうな魔力を洗い出して検証を重ね、最終的に炎属性の魔力を常時発動する『疾風迅雷・炎』を編み出して、常に身体強化を行う術を身につけたという訳だ。



「では、これから2人には自分の中の常識を覆してもらうために課題を与えます。」



 その言葉にキョトンとした表情を浮かべるミアとオーウェン。その様子にそれもそうだろうと内心で俺は苦笑する。

 だが、この鍛錬がうまくいけば彼らの能力は大きく向上する事になるはずだと考えての課題である。頑張ってもらわなくては。



「試合まであと3週間あるから、その間に自分の中で基礎となる魔力を選んで、常に発動し続けられる様になってください。」


「………………え?」


「ソ……ソフィア……それはどういう意味だにゃ……」


「言ったまんまだよ。例えばオーウェンなら魔属性、ミアなら風属性かな?それらを常に身体中に巡らせた状態を保てるようになる事。それが監督である俺からの課題だ。」


「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」



 今まで見た事がないほど驚く2人の顔を初々しいなと感じつつ、俺は2人にエールを送るのだった。

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