162ストライク 世の中は広い

 旅館の客室にて、俺とユリア、ミア、そしてルディとオーウェンがテーブルを囲んで座っている。

 ミアから報告を受けた後、露天風呂から上がってオーウェンたち男連中を俺の部屋に呼び、作戦会議を開く事になった訳だが、それについてまず話を切り出したのはルディだった。



「ミアさんからお聞きになったかもしれませんが……」



 そう切り出したルディの話によれば、ファイス宗国のベスボル協会から今日起きた例の件について連絡があったと言う。その内容について俺の率直な感想は半分は想定通り、半分はしてやられたという悔しさだった。

 想定通りというのは、協会側が俺の事に関する上申を取り下げ、今回の事を不問とした事だ。おそらく、サイモンは帝国にあるベスボル協会本部へと掛け合ったんだろうが、皇帝からそれを取り下げられたんだろうと推測した。

 だが、これはあくまでも想像の範疇であって、もともと確信はなかった。それなのに俺は今、確実に皇帝が指示を出したと確信している。

 その理由はと言えば……



「俺とユリアで試合をさせるってか……」



 俺の言葉にルディはこくりと頷いた。



「今回はクレス帝国のチームとファイス宗国のチーム、いずれもリーグ入りしていないチーム同士で親善試合を行うという事らしいです。」


「親善試合かぁ〜。なんか名ばかりで政治臭さが満載だよね。しかもさ、それってなんか意味はあるの?」



 ルディの説明にオーウェンが疑問を呈する。

 しかし、確かにオーウェンの言うとおりで、この親善試合になんの意味があるのかよくわからない事も事実だった。皇帝が何かを企んでいる事は間違いないのだろうけど、その意図がいまいち掴めない。想像するに、単に俺とユリアの試合が観たいってだけの気もしないでもないけど。



「意味は……わかりませんね。ただ、協会本部も簡単にユリア様の登録籍を簡単に変えるつもりはないという意図は読めます。」


「確かにね。そこは俺も想定外だったな。すんなり登録地を変えてくれると思ってたんだけど、ちょっと意外だった。」


「それに関しては、本部に何か意図があると見て間違いないでしょう。それとあのサイモン協会長の動向にも、念のためですが注意はしておかないといけないですね。」


「あいつ、確かにイケすかないもんな!」


「そうそう。オーウェンと同じ匂いがするよな!」


「おい、ソフィア!僕とあいつのどこが同じなんだよ!」


「え?イケすかないところとかさ。」


「おい!誰がイケすかないって!?」



 そのやりとりにみんなが笑い合う中、1人真剣な趣きのユリアは窓の外に視線を向けた。その様子に気づいた俺は話を本題に戻す事にする。



「とりあえず、試合の事は明日にでも詳細がわかるだろう。で、ここからはチームにとって大切な話をするからみんなよく聞いてくれ。」



 真面目な顔でそう告げると、みんな笑いをやめてこちらを向いた。ユリアは相変わらず外を向いているが、気にする事なく俺は話し始める。



「今ここに俺たちがいる理由は、ユリアにチームへ加入してもらうためだ。今回の試合の裏で例え誰が何かよからぬ事を考えていたとしても、俺はこれを絶対に叶えてみせるし、その後はユリアを含めたこのメンバーでベスボルのマスターズリーグまで駆け上がるつもりでいる。」



 ユリアもその言葉に小さく反応し、俺の方を向いた。



「試合では競い合う相手として戦う事になるけど、逆にお互いの力を見せ合って認め合う良い機会だと思うんだ。今回の試合を逆手にとって、今回の身勝手な大人たちの思惑をぶっ壊してやろう!これを踏み台にしてチームとして大きく前進するんだ。」



 そこまで話すと、ミアはニコリと笑い、オーウェンはやれやれとため息をつき、ルディはまっすぐな瞳で頷いた。

 ただユリアだけは冷静に、今の現状を分析する様な瞳を俺に向ける。



「お互いの力を認め合い……ね。言っておくけど、私は公爵家を勘当されてから誰にも想像できないくらいの鍛錬を積んできたの。今日見せたのだってほんの一部の力だけよ。確かに今日はそいつに負けたけど、試合となれば話は別よ。」



 不敵な笑みを浮かべ、一同をぐるりと見回すユリア。それはまるであんたたちが私に勝てる訳がないと暗に伝えるように。

 だが、うちのチームにはそんな威嚇くらいで怯む奴らはいないと俺は知っている。



「ユリア様、ベスボルの本質は適材適所だにゃ。何でもかんでも1人でやれる選手はいないにゃよ。」



 ミアの言葉にユリアは眉を顰めたが、彼女が言葉をこぼす前に今度はオーウェンが口を開く。



「そうだな。まぁ、あんたには総合力では勝てなくても、僕も得意分野では負ける気はないしね。」



 オーウェンが笑うとミアも笑い、2人はユリアに対して笑みを向けた。それを見た俺もつい笑みをこぼしてしまうが、ユリアはそれが気に食わず声を荒げる。



「あんたたち!私が誰だか知らない訳じゃないわよね?私が本気になればあんたたちなんて……」


「はいはい!ユリアもそこまでな。」


「何よ!なんで止めるの?!」



 俺がため息をついて制止するとユリアは納得いかないといったように睨んできたが、これ以上の言い合いはまったく無意味である。言いたいことがあるなら、それは互いに試合でぶつけ合うべきなのだから。



 「その辺の会話は試合で、だろ?なんにせよ、戦ってみればユリアにもわかるよ。世の中広いんだ。君が見てきたものがすべてじゃない。」



 その言葉に、ユリアは腕を組んでそっぽを向くのだった。

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