161ストライク ごもっともです
「ぐはぁぁぁ~」
ついつい腹の底からものすごい声が出た。
ぬくぬくと立ち昇る湯気の先に広がるのは広大な星の海。そんなシチュエーションの下で、外気の冷たさと湯船のお湯の温かさが程よく体と心に染みれば、日本人ならばおのずとこんな声も出てしまうものだ。
「まさかファイス宗国に温泉があるなんてなぁ~。」
ユリアとの勝負が終わって無事に彼女をチームへ引き入れた俺たちは、ルディが手配してくれていた宿屋で一泊することになった。協会長の件が気になっていたのでさっさと帝国領まで戻りたかったのが本音だが、国境沿いは魔物の活動も多く夜通しでの移動は危険だとルディが判断したためだ。
だが、そのおかげでこんないい場所にありつけたのだから、文句は言えないだろう。
俺は湯船の中で全身を思いっきり伸ばした。こんな広いお風呂なんていつ以来だろうか。前世でもなかなか温泉なんていかなかったからいろんな意味で新鮮だ。肩まで湯船に浸かった状態で大の字に体を広げると、空を見上げながら大きく息をつく。
今日はいろんなことがあって確かに疲れたし、ゆっくり休んでこれからの事に備えなければならない事も事実だ。帝国に戻ってもユリアの選手登録変更についていろいろと飛び回らないとならないし、その間にこのファイスの協会長がいろいろと仕掛けてくる可能性もあるだろうし……
とまぁ、いろいろと考えても仕方がない。今はこの時間を堪能しようと思い直したところで、露天風呂への入り口がガラリと開いた事に気づいた。
「ふん。やっぱり勝手に先に入っていたわけね!」
その声を聞いた瞬間、俺はついていた手を滑らせてしまい、頭まで湯船の中に落ちてしまう。急いで湯船から飛び出そうとしたが、次の瞬間、それが1番の悪手であると気づいて額から上だけ湯から出してユリアへ応える。
「バンベボボビ〜?!!( なんでここに〜?! )」
「な……なんでそその状態で……」
さすがのユリアも俺の態度に動揺しているようだが、俺としても彼女の姿を見るわけにはいかない。母親ニーナの御尊体を拝んでしまったあの時から、俺はその類の全てを回避してきたのだから。
ここでユリアの全てを!男の俺が見るわけにはいかない!体は女の子だけどそんな事は今関係なく、自分自身の誇りと尊厳を絶対に守らねばならない!
「ちょっと!頭を出しなさいよ!話できないじゃない!」
「ぼごぼごぶばぁぼ〜!( まてまてやめて〜! )」
「ちょ……動くな!こら、まてったら!」
湯船に沈み隠れる俺に向かって、まるで小魚を捉えんと何度も啄む水鳥の嘴のようにユリアの手が襲いかかる。
しかし、俺は俺で必死なのでそれを次々とかわしていくうちに、ユリアの方が我慢しきれなくなったらしい。突然湯船の外へと飛び出したのだ。
「こんのぉ〜!そんなに私と話すのが嫌って事!?いいわ!絶対に引き摺り出してやるんだから!」
お湯の中なので、外にいるユリアがそう叫ぶ声が朧げに聞こえたが、ひとまずは逃げ切った事に安堵する。
だが、それも束の間だった。突然感じた殺気に視線を湯面へと向ければ、その先で右手に黄色い魔力を込め始めた彼女の姿が窺えた。
(雷系のスキル!?ま……!)
「気絶させてでも引っ張り出すわよ!ライトニングボルト!!」
叫びと同時に黄色い閃光が湯船へ目掛けて放たれる。
その瞬間に頭をよぎったのは、お風呂でドライヤーを落として人が亡くなる事故のニュースだった。感電の仕組みは詳しくないけど、それが危険な事は俺にでもわかる。スキルでお湯全てを吹き飛ばしてもいいが、確実じゃないしあとで入る人に迷惑がかかる。それなら、俺が湯船から逃げ出した方が早いと踏んだ俺は、疾風迅雷・炎を即座に発動して湯船から飛び出した。
「ユリアァ〜!殺す気かよ!風呂場でスキルぶっ放すとか普通ないだろ!」
持っていたタオルをすぐさま体へと巻きつけ、目を閉じたままユリアへとその怒りをぶつける。その姿は周りから見たら滑稽だろうけど。
しかし、返ってきたのは嘲笑の言葉。しかも、知識までもユリアの方が一枚上手だった。
「ふん。今のスキルは電流を弱く抑えてるから、人は死んだりしないのよ。ビリビリっとするくらいで済むのに、だいぶ焦ったみたいね!」
「う……」
ユリアの博識さには感嘆するが、あんな状況でこんな事されたら誰だって焦るに決まっている。ユリアが勝ち誇ってくつくつと笑っている。それがもどかしくも感じられるが、今の俺はいつものように反論できずにいる。
だって、目の前には今、裸のユリアがいるんだから。
「と……とりあえずユリア、タオルは巻いてるか!?」
「はぁ?どういう意味よ!」
「そのまんまの意味だよ!まずはタオルを巻いてくれないか?!」
「何言ってんの。お風呂で体にタオルを巻くなんて礼儀知らずにもほどがあるわよ!」
まじか……こちらの世界にもそういう作法があるんだ。ていうか、ユリアには恥じらいはないのだろうか。裸を他人に見せるなんて女の子なのに……
い……いや待て……今は俺も女の子なんだった。だから、ユリアにとってはこの状況になんの違和感も感じないんだ。違和感を感じているのは俺だけ……という事か。
「というか、あんたはなんで目を閉じてんのよ!さっさと開けなさいよ!」
「ま……待て!ユリア!ここはまず、お互いに話し合おうじゃないか!」
「話し合う?何をよ……私は寒いから湯船に早く浸かりたいんだけど!」
ごもっともです。ごもっともですが、俺の言い分も聞いてもらえないだろうか。まずは……まずはタオルを……。
今までにないほどに動揺している俺と、そんな俺の態度若干引き気味のユリア。
こう着状態の露天風呂だったが、それを破らんと入り口のドアが突然勢いよく開かれて、そこにミアが飛び込んできた。
「ふ……2人とも!大変だにゃ!……って、2人で素っ裸で向き合って何してるのにゃ?」
それもごもっともです。
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