158ストライク 勝負あり
ほぼ同時と思われたスタートはユリアが少し早かった様だ。体ひとつ分前を走る彼女を俺が追いかける形となる。
彼女の後ろ姿を追いかけていて驚いたのは、ユリアの足が思った以上に早かった事だ。普通に走っていてなかなか追いつけない事に改めて感嘆が漏れてしまう。綺麗に整ったフォームと赤いツインテールを靡かせて駆ける姿は、俺にはとても美しく見えた。
だが、これは勝負である。ユリアの姿に見惚れて負ける訳にはいかない。
「なかなかやるじゃん!」
「うるさいわよ!真剣にやりなさい!」
「いやいや!俺はいつでも真剣だって!」
そう告げた瞬間、ギアを1段階上げてユリアを一気に抜き去った。それに驚いたユリアは、悔しげな表情を浮かべた後すぐに俺の横に並び返す。
「やるわね!」
「そっちこそ!でも、そろそろスキル使わなくていいのか?」
「それはお互い様でしょ!」
すでに勝負は約半分、50メートルほど競い合ったところだが、ユリアがスキルを使う気配はない。もしかすると、俺が発動したのを見計らって追いかけてくるつもりだろうか。競馬でいう差し馬的な戦術とか。
とまぁ、いろいろ考えても仕方がないのはわかっているし、俺がここでやるべき事は決まっている。それは完全勝利。ユリアが何をしてこようが、俺はこの勝負で彼女に絶対に勝つのだ。
「なら、お先に!」
そう告げて、身体強化スキル『疾風迅雷・炎』を発動し、スキルで全身の身体能力を一気に向上させる。俺の速度が一瞬で超速まで跳ね上がり、このまま一気に駆け抜ければ俺の勝ちだ。
だが、そう簡単に行くはずもない事はわかっている。俺がスキルを発動したすぐ後に、ユリアもスキルを発動した気配を感じ取った。
「誰が先に行かせるかぁぁぁ!黒雷無双ぉぉぉ!!」
後方から感じられるのはまさに脅威と呼ぶに相応しい存在感。思わずチラリと後方を確認すれば、彼女の全身には黒い雷が迸っており、それがあの試合で見たスキルと同じものだと一目でわかった。
まぁ、見たと言うより初見では見えなかったと言った方が正しい。
だが、今はそれよりも驚く事がある。それは俺が先にスキルを発動したはずなのに、ユリアとの差をほとんど広げる事ができなかったという事だ。
「そのスキル、懐かしいなぁ。黒雷だっけ?」
「うっさいわね!余計な口を叩かないでくれるかしら!」
「ははは!しっかし、まさかそのスキルを身体活性化に使うとは思ってなかったなぁ。」
「ふん!私だってこの数年遊んでいた訳じゃないんだからね!」
笑う俺の視線に対して睨みつける様に返すユリア。
俺たちはほとんど同じスピードで、ただ真っ直ぐに駆け抜けていく。周りから見ているミアたちからはほんの一瞬の勝負のはずだが、俺とユリアから見れば今は超速の世界。2人以外のスピードはゆっくり過ぎている様に感じられ、互いに限界までその速度を加速させていく。
まったく、この勝負のどこに駆け引きなんてものが存在するのだろうか。自分が適当についたデタラメであるにも関わらず笑いが止まらない。駆け引きどころか、これはもはや気持ちと気持ちをぶつけ合う勝負じゃないか。
(ユリアはすでにそんな事気にしてないな。あの顔は完全に本気の顔だ。)
チラリと窺ったユリアの横顔には駆け引きの「か」の字も浮かんでいない。むしろ、全身全霊という文字が書かれている事に俺は喜びが込み上げてくた。
やっぱりユリアとの勝負は楽しい。勝負に対して純粋であり、このまで実直になれる選手はどこを探したってそういない。やはり彼女とは同じチームでプレーした方がお互いのためになるはずだ。
これからの事を考えると笑いが止まらない。
しかし、そんな俺の態度がユリアは気に食わない様だ。
「あんたまさか、勝った気でいるんじゃないでしょうね?」
「え?いやそのつもりだけど?」
「やっぱり、私はあんたの事が嫌い!いいわ、見せてあげる!」
まっすぐに前を見据えながらユリアはそう吐き捨てた。
その瞬間、黒い雷がユリア自身に収束し、先ほどとは比べ物にならないほどのスピードに跳ね上がる。
「これが私の新しいスキルの本当の力『黒雷無双・閃』よ!!」
言葉と共に一気にユリアの背中が遠ざかっていく。短距離走の残りもすでに約10メートルを切っており、これは完全にユリアの勝利だ。ユリア自身もそれを確信した様に俺をチラリと窺って笑う。
だが……
「と、言いたいところだけどね。」
俺は瞬時に、右目に青いオーラを纏わせた。そして、その眼でユリアの姿を捉えると、口元でニヤリと笑みを浮かべる。
「よっし、完了!それじゃユリア、ラストスパートな!」
「はぁ!?何がラストスパートよ!負け惜しみはやめたらどうなの!」
「へっへっへっ!俺は負けないもんね!おりゃ!!」
「っっっっ!!!はぁっ!!!??なんであんたが?!」
ユリアが驚くのも無理はないだろう。
俺が発動したのは、ユリアが今まさに使っているスキル黒雷無双の基本である『黒雷』であるのだから。
「疾風迅雷・炎と黒雷をくっつけて黒雷迅炎!!なんてな!!」
俺はそう笑いながら、走るスピードを超速からほぼ音速へと加速させると、前を走るユリアの横を一瞬で駆け抜けた。
「勝負ありだにゃ!!」
俺がゴールを抜けた瞬間、スタート地点からミアの声が大きく響く。急ブレーキをかけて止まって振り返ると、オーウェンがいるゴール付近で小さく肩で息をしつつ、こちらを見て呆然と立ち尽くすユリアがいた。
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