157ストライク 位置について、よーい…
ファイス宗国のベスボル協会から歩いてすぐのところに、大きくはないが短距離勝負にはもってこいの競技場がある。中心にあるグラウンドはベスボルなどの球技をするには少し狭いが、その周りにはランニング用のトラックが整備されていて、ジョギングなどを楽しんでいる人も見受けられる。
「だいたいここまでが100メートルかな。ソフィア、こっちはOKだよ!」
「オーウェン、サンキュー!なら、あとはルールの確認だな。」
スタートからゴールまで距離を測ってくれていたオーウェンに対して御礼を告げ、俺はユリアへと向き直る。ユリアはいまだに不満げな表情を浮かべているが、やる気はあるようだ。俺には視線を向ける事なく、軽く準備運動を行なっている様子はさすがだと感じる。
「距離は100メートルだ。ミアの合図でスタートしてゴールを目指す。簡単な勝負だよ。」
「……ルールはそれだけなの?」
「うん。あとは一応、スキルの使用はありと思ってるけど……」
一応、ベスボルの擬似戦だと誤魔化してまで勝負する訳だし、スキルの使用はありにしておかないと不自然だと思っての判断だったが、正直なところ、俺はスキル使用の制限を設けるかどうか悩んでいた。
スキルを使えば、100メートルの勝負なんておそらくあっという間に終わってしまう。ユリアには言えないが、駆け引きどころの話じゃないかもしれないという懸念が俺の中にはあったからだ。
だが、ユリアからの意外な提案に俺は驚いた。
「なら、スキルは1つだけ……身体強化のみって事でどうかしら?」
「え?!なんで?」
こちらとしては願ってもない提案のはずなのに、ついつい疑問を投げかけてしまい、内心で自分の失敗を嘆いたが、ユリアは特に気にしていないようだった。
むしろ、冷静に判断しての提案のようだ。
「短距離で攻撃し合うわけにもいかないでしょ?ちゃんと勝負するにはしっかりとした決め事は大切よ。身体強化だけでも活用の仕方は多岐に渡るし、駆け引きもできるわ。」
「確かに……そうだね。……なら、他に要望はある?」
何だか立場が逆転してしまった様な感覚を覚えて少し困惑する俺に対して、ユリアは素っ気なく「特にないわ。」とだけ呟く。
だが、その態度がなんとなく心地よかった事は内緒にしておく。
「よっしゃ!なら早速勝負すっかね!」
俺がそう伝えると、ユリアは頷きもせずにスタートラインへと立った。それに倣い、俺も彼女の隣に立って軽く準備運動を行う。
「ベスボルじゃないのは不本意だけど、勝負は勝負よ。負けたらひとつ、私の言う事を聞いてもらうわ。私が負けたらあなたのチームに入るんだし、それでおあいこでしょう?」
クラウチングスタートの体勢を取りながら、ユリアがそう告げたので、このタイミングで言うかと内心でツッコミつつ「いいよ。」と小さく頷いた。
「2人とも、準備はいいにゃか?」
スタートラインの横に立ったミアが俺たちにそう尋ねできたので、問題ない事をミアに伝える。ちらりと前に目を向けると、ゴールラインの位置にスタンバイしているオーウェンの姿も窺えた。
「にゃら始めます。位置について……」
スタートの合図が元の世界と似ている事に内心で苦笑していると、ユリアの雰囲気が変化するのを感じ取る。ゴールだけを見据えているその視線は、オーウェンを殺そうとでもしているのではないかと疑うほど鋭く、殺意すら感じてしまう。
(相変わらず全力投球だなぁ。でも、それがユリアらしいんだけど……)
久々に対峙したユリアのひたむきさに、あの試合で感じた高揚感を思い出す。彼女の言うとおり、ベスボルでの勝負じゃないのが残念だが、それでも再会を望んでいた俺にとって今はこれで十分だ。
ユリアさえいれば、ベスボルでの勝負はいつでもできるんだから。
「よーい……」
ミアの言葉でユリアと俺が同時にお尻を上げる。スタートまでは一瞬のはずがとても長い時間の様に感じられ、始めて出会った時からの記憶が走馬灯の様に蘇っていく。
ーーーこの勝負は絶対に勝つ。勝ってユリアをこの手に入れる。
そう決意を新たにゴールを見据えた瞬間、ミアの「スタート!」の掛け声が響き渡り、ユリアと俺は完璧なスタートを切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます