156ストライク 小物感
サイモンは苛立っていた。苛立った足取りのまま、協会にある自室へと戻り、荒々しく連絡用の魔道具に手を掛ける。
「サイモン協会長、突然どうされたのですか?」
受け応えの相手はベスボル協会本部の窓口であり、本部長の秘書を務めるマチルダ=アダマンであったが、サイモンはその声を聞いた途端、怒りに任せて言葉を綴る。
「マチルダ氏!至急、本部長へお伝えしたい事があるのだが……」
つい怒鳴るようにそう告げてしまったサイモンは、ふと後悔の念に駆られる。相手はベスボル協会の本部長秘書であるが、それ以上にクレス帝国の外交官を務める人物でもある。もちろん、そのバックにいるのが帝国の皇帝である事は百も承知であり、いくら怒りが収まらないとは言えど、あくまでも一介の協会長である自分が守るべき礼儀は多いからだ。
だが、魔道具の先から聞こえてくる声からは、一切の動揺など感じられる事はない。ただ、淡々と丁寧な口調で受け答えを行う女性が魔道具の先にいた。
「サイモン協会長。残念ですがそれは致しかねます。本部長への御用の際は、事前にアポイントをお取りいただきたいとお伝えしていたはずですが?」
「そ……それは知っております。大変失礼な事だとも承知しております。」
「ならばお分かりですね。本部長のお時間はお金と一緒です。それほどまでに重要な時間を対価を要求する事なく我々にお与えくださるのですから、本部長への最低限の敬意は払うべきでは?」
わかっているならそうしろ。
そう言われている気がした……いや、彼女は暗にそう言いたいのだ。協会は国家間の問題から切り離されている組織ではあるが、それはあくまでも建前である。協会を立ち上げ、ベスボルをここまで普及させたのが帝国であるが故、結果的にそこには暗黙の了解が存在している。
だが、サイモンとしてもここで引き下がるわけにはいかなかった。それは自分の尊厳を守るためでもあるが、協会長としての矜持がそうさせてもいるのだろう。
「で……では、これを本部長へお伝えいただけませんか!?帝国に所属する選手が、我が国の選手を勝手に引き抜こうとしているのです。これは協会の規定に違反します!至急、審問会の開催を上申いたします。」
「我が国の選手が……規定違反ですか……?まったく遺憾な事です。で、その選手名はわかりますか?」
「も……もちろんです!」
サイモンは内心でホッとした。マチルダは時間やルールにこそ厳しい人物だが、何よりも優先されるのは皇帝へ配慮だ。この件を伝えても耳を傾けてくれるという確証はなく、ある意味で賭けではあった。
だが、彼女は耳を傾けた。その本心はわからないが、このチャンスは逃せない。
「帝国の選手はソフィア=イクシード。我が国の選手はユリア=プリベイルです。」
「っ?…………そうですか。このまま少しお待ちくださいね。」
一瞬、マチルダの雰囲気が変わった気がしたが気のせいだろうか。
サイモンはこの珍しい事について違和感を覚えたが、それについて考察する暇もなく、すぐにマチルダから返事が返ってきた。
「サイモン協会長、報告書を提出してください。本日中に。もちろん、詳細に具体的にお願いします。」
先ほど感じた違和感はすでになく、淡々とこちらに対する指示を告げるマチルダに少し戸惑うサイモン。
「そ……それはどういう……」
「本部長がその内容について具体的に知りたがっております。そういう事です。」
「か……かしこまりました!今すぐに取り掛かります!」
サイモンがその言葉を発した途端、マチルダは「よろしく。」とだけ告げ、その後は魔道具の通信が切れた音だけが耳の中に鳴り響いた。魔道具を机に置きつつ、切るのが早過ぎだろうと内心で文句を言うも、自分にとってはいい方向に転んでくれた事をサイモンは歓喜する。
こうなればこちらのものだ。ある事ない事書きまくって、あの生意気なソフィア=イクシードに痛い目を見せてくれる。そう意気込みながら、サイモンはシャロンに自室へ来るようにと指示を出した。
まもなくして部屋をノックする音が聞こえ、それに返事をするとドアが開いてシャロンが部屋へと入ってきた。
「協会長、お呼びでしょうか。」
「あぁ、シャロン。喜んでください。」
飛び跳ねて表現したいこの喜びを抑え、冷静を装いつつマチルダとの話について一部始終を伝えると、シャロンは嬉しそうに笑みを浮かべて身を乗り出した。
「では!あの無礼極まりない選手たちに罰を与えられるのですね!」
「その通りです。ですからシャロン。先ほど起きた事について、しっかりと具体的に全て漏らす事なく報告書をまとめてもらえますか?」
「もちろん!喜んで受け賜ります!!」
シャロンはやる気満々な様子で立ち上がると、すぐに部屋を後にした。サイモンは彼女が部屋を去る間際に「今日中ですよ。」とだけ付け加え、シャロンは閉まりかけのドアの隙間から笑みでそれに応える。
「彼女は仕事が早いから、報告書などすぐにできるだろう。そうすれば、あとは私が付け加えて……」
これから自分が付け加える内容をひとつずつ想像して、サイモンはいやらしい笑みを浮かべる。さらには審問会の場で悔しさと後悔により表情を歪ませるソフィアが目に浮かび、さらに笑いが込み上げてくる。
「いまさら後悔しても遅いんですよ。」
そう呟くと、彼は高らかな笑い声をあげるのであった。
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