155ストライク チョロユリア
「短距離?!」
ユリアは俺の提案に対し、完全に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「あぁ。短距離走。それなら時間もかからず勝負ができるだろ。」
「確かに。それでしたらいい場所も近くにありますね。」
そんな彼女に話していると、ルディが俺の言葉に同意して、近くに陸上競技場のような施設があると教えてくれた。近辺を捜索していた事もあり、ルディはこの辺の地理を事前に押さえているようだ。
「確かにそれがいいにゃ!早くヘラクに戻ろうだにゃ!」
「そうだそうだ!さっきの協会長がまた戻ってくるかもしれない。訴えるとか言ってたから面倒になる前にさっさとこの国を出よう!」
ミアもオーウェンも俺の提案にそう同意する。
簡単に言えば、俺たちはファイス宗国のベスボル協会と敵対してしまったのだ。彼らが早くこの国から出たいと思うのも無理はない。
だが、約1名ほどその提案に納得していない者がここにいた。
「ちょっと待ちなさい!なんで勝負の方法がベスボルじゃなくて、短距離走なわけ!?」
ユリアは不満げだった表情をさらに険しくさせる。
確かに彼女にとっては目の敵である俺とやっと出会えた訳だから、勝負するとなればベスボル一択なのだろう。それなのに足の速さを競うだけとは何事かと、彼女の顔にはそう書いてある。
しかしながら、今はミアやオーウェンが言っている事の方が正しい。もしも、再び協会長が戻ってきて俺たちの身柄を拘束しようとでもすれば面倒くさいことになる。この場は早く切り上げてファイス宗国からおさらばした方が利口な選択なのだ。
「ユリア……勝負なら帝国で好きなだけしてやるからさ。ここは我慢して帰ろうよ。」
「はぁ?ふざけないで!私はあんたとベスボルで勝負したいの。それ以外なんてあり得ないわ!それに……」
ユリアの怒りの矛先が、突然ミアとオーウェンに向いた。鋭い視線に睨まれた2人はまるで蛇にでも睨まれているかのように硬直してしまう。
「この2人は何?さっさと帰ろうなんて言うけど、私がこの女に負けるとでも思っているの!?まじで気に食わないわね!」
ユリアはミアたちの言葉の行間をそう読み取ったようだ。「早く帰ろう」の前に「さっさとユリアを負かして」が含まれていると。
ガミガミと詰められているミアとオーウェンは、ユリアの迫力に萎縮して完全に固まっている。そんな様子を見て俺は仕方がないなと大きくため息をついた。
「ユリア……言っておくけど、短距離走ってそんな簡単な種目じゃないんだぜ?」
「……?何よ、何が言いたいわけ?」
ユリアの視線が俺に移動したため、ミアたちのデバフが解けた。2人とも大量の冷や汗を流しながら、胸を撫で下ろしている様子がちょっと面白かったが、それよりも今はユリアを納得させる方が先決だ。
「短距離走には重要な要素が3つある。」
「重要な……?まわりくどいわ!さっさと話しなさい。」
案の定、ユリアが食いついてきた事に内心でガッツポーズしつつ、俺は冷静に話を続ける。
「まずは瞬発力。短い距離を早く駆け抜けるためにはスタート時の瞬発力が必要だ。」
「そんなの当たり前でしょ。」
「だね。で、次に必要なのは持続力。スタートの瞬間最大スピードで駆け出したその速度を、落とさずに走れる技術力だ。」
「……技術力。」
だんだんとユリアの雰囲気が変わっていく様子が見て取れた。彼女は今も昔もお嬢様ではなくアスリート。単純に勝負をしようと投げかけるのではなく、この勝負にはどんな要素が詰まっており、なにが重要なのかを考えさせれば彼女はすぐにそれを理解して食いつくはずだと、俺は踏んでいたのだ。
「そして、最後は駆け引きだ。」
ユリアはその瞬間、少しだけ目を見開いた。
どうやら彼女は気付いたようだ。この短距離走での勝負が、ある意味でベスボルの擬似戦なんだと俺が示唆している事に。
「ね!短距離ってベスボルと似てるだろ?初動の爆発力、それを維持して、体のパフォーマンスを最大限で維持する技術力。そして、どこで勝負をかけるのか、瞬間的な一場面での駆け引き。短距離を制するって事は、ベスボルを制すると言っても過言ではないんだ!」
俺が自信満々にそう告げると、ユリアは顎に手を置いて何かを考え始めた。それを見ていた俺は内心でホッと一息をつく。
そもそもだがそんな訳がない。短距離走はどこまで行っても短距離走であって、ベスボルの擬似戦にはなり得ない。これはあくまでもユリアを納得させるためのウソであって、そんな理論などどこを探しても存在はしないだろう。俺にしてはよくできたハッタリだと、心の中で自分を褒めておくとする。
「わかったわ!それで勝負しましょう!」
少しだけ思案していたユリアは、顔を俺に向けるとそう告げた。
まったくなんてチョロんだろうか。ご令嬢って生き物は相当な世間知らずなんだろうな。でも、貴族の世界しか知らなければそれもそうなるのだろう。これからは俺たちがいろいろと常識を教えてやらないと。
そんな事を考えながら、俺は笑顔で「そうこなくっちゃ。」とだけ告げ、ルディに競技場まで案内するようにお願いするのであった。
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