149ストライク 交渉と優男

「これはユリアが悪い!」



 俺が突然声を大にしてそう言い放つと、言い合いをしていたユリアと受付嬢が同時にこちらを向いた。その表情は対照的で、受付嬢は俺の意見に賛同し納得しているが、ユリアは鬼みたいな形相になっている。



「ソフィア=イクシード!!あんた、いったい何のつもりよ!!」



 ユリアはズカズカと俺に近づいてきて、声を荒げてそう言い放つ。その顔にはまさに、「お前に言われる筋合いはない」と書かれていて逆に内心で笑ってしまった。思ったとおり、単純と言うかド直球なやつなんだなと。

 だが、そんなユリアに気圧されることなく俺は言い返す。



「何のつもりもなにも、あれはお前が壊したんだろ?なら、その責任を取るのは当たり前じゃないか。」


「なんで私が……!脆い建物の方が悪いんじゃない!」


「いやいや、なんだその理論は。街中でスキルぶっ放しちゃダメって習わなかったのか?常識だぞ。」


「そんな常識知るわけないわ!私は貴族なんだから!」


「いや、でもさ……それは元……だろ?」


「うっ……」



 さすがのユリアもそれを言われて言葉に詰まった様だ。

 確かにこれをユリアに告げるのは酷だとは思ったが、それでも大切な事だと俺は思っている。今はこれまでの貴族としての振る舞いが通用しない事をちゃんと教えておかないと、ユリアにとっても良くないからだ。それにユリアを仲間にしに来た以上、貴族の時とは違って自分の行いは全て自分に返ってくる事を彼女にしっかり認識させておかないと、今後俺たちが迷惑を被る可能性だってあるのだから。



「ユリア。聞けば、君はプリベイル家を勘当された身だそうだな。」


「……なんであんたがそれを……」



 不服そうな表情で俺を見るユリア。だが、俺は気にせず話を続ける。



「その理由はあとで説明してやるとして、そもそも帝国じゃベスボルができないと思って仕方なくこの国に来たんだろ?それなら、庶民……というよりは一般常識をちゃんと知っておかないといろんな意味で損することになるし、ひいてはベスボルだってできなくなるかもしれない。それは嫌なんじゃないか?」



 そう諭すように俺が告げると、今まで激しく苛立っていたユリアの勢いがみるみると小さくなっていった。その様子を見て、俺は内心でしめしめと思いつつ、受付嬢へと向き直る。



「受付のお姉さん!」


「シャロンでいいわ。」



 シャロンと名乗った受付嬢は俺には友好的な態度を取ってくれるようだ。話しかけると笑顔で自己紹介してくれる。

 そりゃあ、自分の意見を肯定してくれた相手に対してはそうなるのは人の心理として当たり前だろう。それが俺の狙いでもあった訳だしな。



「シャロンさん。俺はソフィアって言います。とりあえず、彼女にはちゃんと言い聞かせたのでこの修理費はユリアに請求していいよ。」


「ありがとうございます。ぜひ、そうさせてもらいますね。」


「ちょ……ちょっと待って……!」



 俺と受付嬢の会話にはさすがのユリアも焦りを見せた。すでに貴族としての後ろ盾がない事を改めて認識して動揺しているのだろう。問題を起こせば、必ずその代償が自分に返ってくる。彼女はそういう常識をこれから学んでいかねばならない。

 だが、今はこれくらいにしておくとして、本題をさっさと済ませなければ。



「ちょっと待ってもないだろう。この修理はユリアが責任をもって行うんだ。」


「でも、今の私にはそんなお金なんてないわ。」


「だろうな。だから、俺から1つ提案させてもらってもいいか?」


「「提案……?」」



 シャロンとユリアが同時に尋ねてきたので、少しおかしくなって笑ってしまった。

 だが、ここは重要な場面でもあるから、笑いを堪えつつなんとか真面目な顔をしてその内容について説明した。



「その修理費を俺たちが代わりに払うよ。」



 シャロンは少し驚いた表情を浮かべたが、その提案内容に一番驚いているのはユリア自身だ。仇敵とさえ呼んだ相手が、自分の為になぜそこまでするのかと疑問に思っているに違いない。

 その様子に満足していると、シャロンの様子を窺いながらミアたちが心配そうに近づいてきて俺に耳打ちする。



「ソフィア、大丈夫にゃ?勝手にそんな事決めて。」


「あぁ、問題ないよ。ケルモウさんからは必要な経費があれば俺の判断に任せるって言われてるからな。」


「いつの間にそんな話してたんだよ。まったく俺なら知らないところでさ……」



 ミアはホッと胸を撫で下ろし、オーウェンは呆れたように肩をすくめた。

 だが、彼らが俺に任せてくれている事が感じられる。俺が勝手に決めてばっかりだけど、信じてついてきてくれている事がわかるのは素直にうれしい。本当にいい仲間を持ったと誇りにすら思う。



「という事でさ。シャロンさんたちもいつまで経っても払ってもらえないよりそっちの方がいいと思うんだよね。その代わりにと言っちゃなんだけど、ユリアのこの国での選手登録を破棄してもらえない?彼女、俺たちの友達でさ。帝国へ帰る事になったんだよね。」



 その言葉にシャロンは「それでしたら問題ないですけど……」とこぼしたので、俺は内心でガッツポーズをした。

 だが、喜んでいられるのもほんの束の間だった。



「おやおや、勝手に決めてしまっては困りますよ。シャロンさん。」



 その声に全員が振り返ると、そこには協会の制服を纏った優しそうな男が立っていた。

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