148ストライク 歓迎の儀式

「ユリ……ア……?」



 周りの音が一気に耳に入らなくなった。

 まるで時が止まったかの様な感覚にごくりと鳴った喉の音だけが聞こえる。

 目の前にいるのは紛れもなくユリアだ。前に会った時はお互いにまだ小さかったから幼い時のイメージが強いけど、それでも一目見て彼女だと分かった。

 相変わらず燃える様に真っ赤な髪色と、まっすぐな視線。背丈は自分と同じくらいだが、かなりの美少女に成長している。高い鼻、長いまつ毛、艶やかな唇。その1つ1つが懐かしく思えて嬉しさが込み上げてくる。


 どれだけこの時を待ち望んだだろう。

 彼女に負けた悔しさはあれからひと時も忘れた事はない。さっきも言ったが、これまでの約8年は彼女に勝つべく腕を磨いてきた様なものなのだから。

 俺が感慨深い表情を向けていると、ユリアも何かに気づいてハッとした。



「あなたは……その金髪……まさか!?」



 驚いた顔にも品があるのは貴族たる所以だろうと、内心で笑みが溢れる。どうやらユリアも俺の事に気づいてくれたらしく、その事に嬉しさがさらに込み上げてくる。

 ただ、声をかけようとしてみて、なかなか言葉が出てこない事に驚いた。どうやら俺は、ユリアと対峙して無意識に緊張していたらしい。「よう!」とか「ひさしぶり!」などの無難な言葉は思いつくが、それ以外に気の利いた言葉が浮かばない。せっかくの再会なのだから、何かこの場に合う言葉はないかとなんとか絞り出す。

 だが……



「ユリア、8年ぶり……」


「ソフィア=イクシィィィドォォォォ!!」



 言葉を投げかけようとした瞬間、俺はユリアがいつの間にかそばまで歩み寄っている事に気づいた。それに、彼女が拳を握り締めて魔力を練り込んでいる事にも。



「へ……?」



 目の前で拳を振りかざすユリアを見て、一瞬訳が分からずに唖然としかけた。その間にもユリアの拳が俺の顔面めがけて飛んできており、それにハッとした俺はとっさにガードして彼女の拳を受け止めたが、もちろんその勢いを殺す余裕はなく、そのまま後方へと大きく吹き飛ばされてしまう。

 言うまでもなく、協会内の床や壁、テーブルやイスなどを巻き込んで、だ。


 気がつけば協会の外へ放り出されていた。

 なんとか受け身を取って両脚を地面に着地させるが、そのまま数メートルほど地面を抉ったところでやっと止まる事ができた。



「痛ってぇ〜!」



 不意を突かれたとは言え、あれだけのパンチをあの一瞬で放つとはさすがユリアだ。俺じゃなきゃ死んでいるところだ。

 殴り殺されかけたのに、なぜか得た満足感に浸りながらそんな事を考える。そうして、痺れる両手を振りながら正面を見ると、破壊された正面扉の奥からユリアがゆっくりと姿を現した。



「……なかなか手厚い歓迎だな。」



 皮肉を込めてそう告げる俺に対して、ユリアは俺の前まで歩いてくると、腕を組んでこう答える。



「今のを防ぐとはね。ちゃんと鍛錬して来たみたいでなによりだわ。」


「あぁ、おかげさまでな。ユリアも元気そうで何よりだ。」


「ふん……会ったら絶対に殴ってやるつもりだったのに残念だわ。」



 ユリアはそう言うと、気に食わなさそうに顔を背けた。

 そんな彼女の態度に苦笑いしていると、先ほど目が合った受付嬢が協会の中から飛び出して来て、俺たちのところまで走ってきた。その後ろにはもちろんミアとオーウェンの姿もあり、相当焦った様子だ。



「ちょ……ちょっとユリアさん!何してくれちゃってるんですか!」


「なにって……昔の仇敵に制裁を加えてやったのよ。」


「いやいや、仇敵ってなんだよ。」


「なによ、文句あるの?じゃあ、殺意の対象でもいいわ。」


「おぉ〜言ってくれるじゃないの。」


「お二人とも!そうじゃなくて!!」



 ユリアと言い合いをしていると、受付嬢が俺たちの間に割って入る。確かにひどい言われ様だが、それもまたユリアらしいと言えばそうだろう。あの時だって、俺を見るや否や皮肉を伝えに来ていたくらいだし。こういう感じも懐かしくて怒りなど浮かぶはずなどないから止めてもらわなくてもいいんだが。


 しかし、受付嬢が言いたい事はそうではなかった様だ。怒りを露わにしたその表情がそれを物語っている。



「協会をこんなにしちゃって……どうしてくれるんですか!」



 彼女が指差す場所に視線を向ければ、今俺たちが出て来た入り口が見える。扉は跡形もなく吹き飛び、大きな穴が空いており、もはや入り口とは言えないが。

 そこからは、何事か顔を覗かせる野次馬たちも窺える。



「どうするも何も……直せばいいじゃない。」


「直すって簡単にいますけどね!そのお金はどこから出るんですか!?」


「協会の資金でしょ?」



 その短絡的な言葉に受付嬢はさらに怒りを露わにする。



「出せるわけないじゃないですか!協会だって予算ギリギリで運営してるんですから!」


「そんなの知らないわよ。それはそちらの都合でしょ?」



 おいおい……

 ユリアの態度には少し呆れてしまった。こういうところはまだ貴族なんだなと。

 今のユリアは貴族じゃないから、知らぬ存ぜぬでは通せない。これまではプリベイル家の後ろ盾があったからそれで何とかなったかもしれないが、今回は協会の入り口を壊したのはユリアであり、その責任はユリアが取らなければならないのは周知の事実なのだ。


 だが、ここで俺は今の状況が利用できるのではないかと考えた。上手くいけば、ファイス宗国におけるユリアの選手登録を取り消せるのではないか……と。

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