147ストライク 再会
協会の扉を開くと、広いロビーが目に入る。中を見回してみると思ったよりも多くの人がおり、各々の目的を遂行している様だった。
そのうちの何人かと視線が合うが、それ以上の事はなく彼らは自然と自分の作業に戻っていく。
「さて、まずはユリアの情報だな。」
俺が呟くその横ではミアが小さく感嘆の声を上げている。どうやらこの協会の装飾に驚いている様だ。それに、いつもはすましているオーウェンも珍しく少し魅入っている。
彼らが驚くのも無理はないだろう。このファイス宗国は娯楽がない事で有名な国ではあるが、この協会の造りを見てもわかる様にベスボルにはけっこう力を入れている。要は、国政として多大なる金をつぎ込んでいるのである。
その理由は前にも話したとおりで、ベスボルが戦争の縮図である事が大きい。他の国に対抗すべく良い選手を獲得もしくは育成するには、彼らをサポートする良い基盤がなくてはならない。設備や人材の確保は必須であり、この国は少ない領土の中でそれを実現してきたのである。
この協会のデザインはその中の一環。他に類を見ないほど独特で煌びやかなものに造り上げられている為、帝国の協会を見慣れている2人にとってはかなり珍しいものに映っている事だろう。
まぁ、そういう俺も内心では驚いているんだが……
ただ、この国は他の国と違って多くの領土を持っていない。厳密に言えば、信仰上の問題から領土をこれ以上増やす事はないので、都市と呼べるものはここだけしかなく、ヒト、モノ、カネなどの国に必要な資源のキャパシティも他の国に比べて大きくはない。
それが何を意味するのかは誰にでもわかる事だろう。
「でもさ、ソフィア。ファイス出身の選手ってあまりいないよな。」
オーウェンのふとした問いかけに俺は静かに頷いた。
「ゼロ……ではないんだけどね。これはスーザンの受け売りだけど、この国は他の国に比べると人口がかなり少ないんだよ。それにはいくつかの要因が関係してるんだけど、そもそも全体人口が少なければ、ベスボル人口も他の国に比べて少なくなるのは理屈としてわかるよね?」
無言で頷くオーウェンを見た俺は、思った以上に彼の理解度が高くて内心で驚いてしまったが、なんとか説明を続ける。
「そ……そうなると、ファイス宗国では才能を持った選手が現れる確率も相対的に低くなる。そりゃ、ベスボルをやってる人が少ないんだから、必然的にそうなるのは当たり前だよな。だから、宗国はできるだけ多くの人にベスボルをやってもらい、ベスボル人口を増やしたいが為にこうやっていろんなところにお金をかけているって訳だ。」
ただし、国として運営する為の資金はどこから生まれるかと言えば、その多くは国民から徴収する税金である。ファイス宗国は総人口が少ないので、税金も多くは徴収できない事実があり、運用資産を増やしたいなら税率を上げなければならない。
だが、それをすれば国民の反感を買う事は間違いない。ベスボルの普及を国政として掲げて多くのお金をかけているが、国を運営する為には他にも予算を当てなければならない事がたくさんある為、それにも限界がある……これがファイス宗国の内情なのである。そして、この内情というものが、俺たちに立ち塞がる大きな壁となり得るのだ。
「難しい話でさっぱりだにゃ。とりあえず、早くユリアを見つけて帝国へ連れて帰ろうだにゃ!」
ミアはこういう話は苦手だ。
それは獣人族特有の性格が関係しているらしい。彼らはある意味で短気な種族で、自分たちにあまり関係ないと判断した事については興味を示す事はないそうだ。
「ミア、そうは言ってもこの問題はこれから俺たちにとって……」
そう説明し直そうとした時だ。
ふと移した視線の先に、見覚えのある真っ赤な髪と長いツインテールを携えた少女の背中を見つけて言葉を失った。
「……ソフィア?どうしたにゃ?」
突然話が途切れた事を訝しく思ったのか、ミアは心配そうに俺に声をかけてきたが、俺にその声は届いていない。
約8年……
あの試合の後、一切会う事なくただひたすら彼女に勝つ為に腕を磨いてきた。彼女がどんな風に鍛錬し、どう成長するのかを想像して毎日を過ごしてきた。その想いはある意味で恋にも似ているのかもしれない。
体の内側が焦がれる感覚に身をよじり、視線が無意識にその背中を追う。彼女は受付嬢と何かを話しているようだが、その様子は何かに落ち込んでいるようだった。
ミアが俺を呼ぶ声がふと聞こえたが、俺は無意識にその少女の方へと歩き出す。そんな俺の様子にミアもオーウェンも驚いている様だが、俺の足が止まる事はない。一歩、また一歩と彼女の背中を目指し、あと数歩のところまで近づいたところで、受付嬢が俺の存在に気づいてこちらに視線を向けた。
「あの……何か御用ですか?」
「え……いや……あの……」
さすがの俺も受付嬢に声をかけられて我に返る。いつの間にこんなところまで来てしまったのかと、自分の無意識の行動に焦ったまま振り返ると、ミアとオーウェンが驚いたままこちらを見ている事に気づいた。
だが、2人に謝罪しようとしたところで、聞き覚えのある声が後ろから聞こえて言葉に詰まる。懐かしい高飛車な声色に笑みと涙が自然とこぼれ落ちる。
「ちょっと、話の途中なの!邪魔しないでくれる?」
こちらが振り返ると同時に、彼女もそう言って振り返る。おおよそ、邪魔をした相手の顔を拝んでやろうとでも思っての事だろう。
だが、お互いの目と目が合った瞬間、俺はその場の時が止まる感覚に襲われた。
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