146ストライク ユリアの誤算
「それにしてもお久しぶりですね。ユリアさん。」
「そうね。」
作業をしながら声をかけてくる受付嬢に対して、真紅のツインテールを靡かせながらユリアはそう答えた。
ソフィアが選手登録をした事がわかってからというもの、ユリアは協会には顔を出さずにずっとベスボルの鍛錬に勤しんでいた。本人も受付嬢にそう問われて、ここに来るのはいつ振りだろうかと少し思案したが、すぐにどうでもいい事だと切り替えた。彼女は実に合理的な性格で、自分の中で無駄だと判断した事は無意識に記憶から消去している。
「ところでチームの件だけど……どうかしら?」
本日の要件は自分が所属するチームを見つける事。
その為に受付嬢に検索を依頼しているところだが、彼女はその問いかけに対して少し困った顔を浮かべている。
「どうしたの?」
「いやぁ〜ちょっと条件が厳し過ぎますかねぇ。」
ユリアは受付嬢が言っている意味が一瞬理解できず、自分が伝えたチーム条件を改めて思い返してみる。
【必須条件】
・アマチュアリーグの上位10位以内
・在籍選手は3人程度
・選手は1人につき属性を2つ以上持っている
・監督もしくは専属のコーチどちらかがいる
・スポンサー2社以上(資本1億クレス※帝国通貨換算)
「あとはクラブハウスは外せないわね。それと……」
「ユリアさん、ちょっと……ストップストップ!」
思い返していたらいつの間にか自分の世界に入り込んでいたらしく、見兼ねた受付嬢に止められてユリアは我に返った。
「そもそも確認なんですが……求めているのはこの条件に全部合ったチームって事なんですかね?」
「それはどういう意味かしら?マスターズを目指すんだから当たり前じゃない。」
やはり、ユリアは受付嬢の言っている事の意味がわからなかった。ベスボルにおいて、マスターズリーグを目指す上でこの条件は最低限必須のはず。アマチュアリーグでの順位については自分が加入すれば何とかなるので譲歩したとしても、他の条件はマスターズリーグに上がる為には必ずクリアしなければならないものばかりであり、譲れるはずがない。
そう内心で受付嬢に対して呆れていたユリアだが、受付嬢から返ってきたのは大きなため息とさらに理解し難い回答だった。
「はぁ……いいですか?ここはファイス宗国ですよ。確かにベスボルは盛んですけど、それも近年になってからです。あなたの出身国であるクレス帝国とは全然違って、都市はここだけしかありませんし、大の付く企業なんてほとんどありません。この国に所属するチームだって、良くてアマチュアリーグ20位前後です。」
「え……?」
説明を聞いたユリアは理解が追いついていない様だ。驚きを隠せず口を開けたまま受付嬢を見つめている彼女に対して、受付嬢はそんな事も知らなかったのかといった感じでもう一度ため息をつき、さらに言葉を綴る。
「魔力属性だってそうです。2つ持ちなんてこの国には滅多にいませんよ。そりゃあ、あなたは天才と名高いユリア=プリベイルですから、複数持っている事が普通かもしれませんが、これだけは忘れてはいけません。本来、魔力は1人1つなんですよ。」
そう告げた受付嬢の様子は、ユリアの発言に対して少し苛立っている様だった。
だが、彼女の言う事は決して間違ってはいない。ここはファイス宗国であってクレス帝国ではないのだから。ユリアが提示した条件はクレス帝国内でならなんとかなるかも知れないが、国の規模はもちろんのこと、ヒト、モノ、カネなど様々な方面でクレス帝国の足元にも及ばないファイス宗国では到底無理な話なのである。
「で……でも!ファイス宗国にもマスターズリーグに所属したチームは過去にあったでしょう?」
ユリアは動揺しながらもそう反論した。彼女だって幼少期からベスボルの英才教育を受けてきた訳で、その中にはベスボルの歴史も含まれている。その記憶を辿れば、ファイス宗国の所属チームでマスターズリーグで活躍してしたチームがあったはずだった。
しかし、受付嬢は肩をすくめて首を横に振り、ユリアの知識と自信をいとも簡単に打ち砕いた。
「ユリアさん、それは100年以上も前の話ですよ?あの時は国同士の戦争も終わりかけの頃、争いの場が戦いからスポーツへと移行していく変革期でしたからね。まだまだベスボルに関して体系だったものがなかった中で、各国は手探りチームを編成し、自国の強さを見せつけようとした訳ですからそういう事例もあった……それだけの事です。」
言葉を失うユリアを一瞥した受付嬢の口は止まらない。
「今はある意味でベスボルの黄金時代です。しかも、その仕組みのほとんどを帝国が担っている。もちろん、条約と協会規定によって帝国が各国にいる選手やその卵を貪り、独占する事はありませんが、国の規模が違えば集まる人材や金の規模も変わるんですよ。ここから先は……先ほどお伝えしたとおりですね。結局、ヒト、モノ、カネを多く集まる帝国に所属するチームがマスターズを席巻する訳です。」
ユリアは返す言葉が見つからない。
なぜならば、自分が今までいた境遇がどれだけ恵まれていた事について改めて理解させられたからだ。
もちろん、以前のユリアならば今の話について理解すらする事はなかっただろう。むしろ、それも才能だと鼻で笑うくらいに自分の境遇にプライドを持って生きてきた。
だが、ソフィアに負けてそのプライドは粉々に打ち砕かれた。そして、家を勘当され知らない土地で新たなスタートを切ったという事実が彼女の心を少し素直にさせたらしい。
「それじゃ……私は……どうすれば……?」
ユリアは小さくそう問うが、受付嬢は困った表情を浮かべるだけで何も答えてくれなかった。
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