145ストライク ある問題
半刻ほど揺られ、馬車はゼテルの街に到着した。御者の人は馬達の世話があるので一度別れる事にして、俺たちはさっそくベスボル協会を目指し、街を歩く。
「ソフィア。もう一回聞くけど、ユリアってあのプリベイル家のご令嬢だよな。」
「だからそうだって。相変わらずしつこい奴だな、オーウェンは!」
通りを歩いていると、オーウェンがまた尋ねてきたので少しイラッとしてしまうが、オーウェンはユリアをチームに迎えると聞いた時から、どことなくソワソワしていて様子がおかしかった。もしかすると、過去にユリアと何かあったのかもしれない。
だが、そもそもこいつに気を遣う必要性はないし、その理由も大して興味はないので深くは聞かない事にしている。それに、誰にでも聞かれたくない事はあるだろう。
「でも、まだこの街にいるのかにゃ〜。」
一方、ミアは少し不安げにそうこぼす。
確かに彼女の心配も理解できるが、こればかりは行って確認してみない事にはわからない。
「ケルモウさんが集めた情報だし、間違いはないと思うけどね。まぁ、俺たちがここまで来る間にユリアが違う国へ移動してる事態も考慮はしておくとして、まずはベスボル協会で確認してみよう。話はそれからだな。」
ミアもそれに頷いた。
すでに周知の事実だが、俺たちがこの国に来たのはユリアをチームに招く為だ。帝都ヘラクを発つ前、ケルモウが仕入れていた情報のおかげでユリアがこの街を拠点に活動している事がわかっていた為、俺たちは今ここにいる。俺自身も会いたいと思っていたのですぐに場所がわかって良かったし、ユリアがチームに入ってくれる事は賛成だった。あれだけの才能の持ち主はなかなかいないだろうから。
しかし、これについては実は良い事ばかりではない。今、俺たちが置かれている状況は、ある意味で不幸中の幸いなのだ。
その理由はベスボルの選手登録制度の仕組みにある。
本来、選手がチームに所属する為にはまずベスボル協会で選手登録を行う必要がある。その際、選手は基本的に自分の出身国を拠点として登録を行う訳だが、ベスボル選手を目指す者の中には国を追放された、もしくは何らかの理由で自国に居づらくなった者たちも少なからずいる。
だから、そういった選手たちでもベスボルができる様に、才能の芽を積む事のない様にという方針により、彼らへの救済措置として出身国以外でも登録を許可している訳だ。
そうして、選手登録をした選手は登録国内のチームに所属する事を目指し、チームが開催するトライアウトを受けたり、才能を見抜かれてスカウトされたりする。
だが、その仕組みには2つ問題があって、例えば帝国を活動の拠点国として設定している選手がいるとしよう。
この場合、協会が構築したシステム上で彼の登録内容には「帝国」と記録され、その選手が帝国内で活動している事が世界各地に点在するベスボル協会で調べる事はできるが、その選手が帝国のどの都市にいるかまではわからない。あくまでも登録国だけしかわからないのが現状なのだ。
今回は幸いにも都市が1つしかないファイス宗国にユリアが居てくれた為、この点に関しては事なきを得た訳だが、以前アネモスの協会で受付のマリーさんにその理由を尋ねた事があり、スカウトの平等性を保つ為だとかなんとかよく意味のわからない事を言っていた事を思い出した。もしもユリアが帝国内で活動していたら探すのは大変だったかもしれない。
しかし、その事についてホッとしている暇はない。ここから先に大きな問題があるのだ。
選手登録の内容はベスボル協会だけでなく、国全体に共有されている。これは各国としても“自国にどれだけの選手がいるか適切に把握して、必要な経費を算出する事で効果的な予算編成を行いたいから”という理由らしいが、それはあくまでも国側の建前であるのは自明の理というやつだ。
戦争がないこのご時世において、世界各国でプレーされているベスボルというスポーツはある意味で戦争の縮図となり得る。毎年必ず世界規模の大会が開催されているのには理由があり、国同士で争う場を戦場ではなくスポーツという場に移す事で各国は血を流す事なく自国の力を示せる訳だ。
そうなれば、国は才能のある選手を求めるのは必然だろう。そして、自国に所属する彼らが活躍する事は国の威光にも直結する訳で、良くも悪くもそれらは国際関係に影響を及ぼす訳だから各国は質の良い選手の獲得に力を入れている。
そして、それが大問題なのである。
(ユリアはファイス宗国を所属国に登録してしまっているからな。俺たちのチームに入るためには帝国に所属し直す必要があるが、宗国がそれを簡単に許すとは思えないんだよな。)
過去、マスターズで活躍していた選手が引退後も国から手厚い待遇を受けていたなんて事例もあるぐらいだ。おそらく、ユリアをチームに招くのは一筋縄ではいかないだろう。
「ソフィア、協会が見えたにゃ。」
ミアの言葉に視線を前に向けると、見慣れた看板と少し独特なデザインの建物が確認できた。
俺は大きく息をつき、その建物を鋭く睨んでいた。
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