144ストライク ファイス宗国へ
「ファイス宗国へはもう間もなく着きますよ。」
ケルモウが手配してくれた馬車に揺られて、かれこれ3日ほどが過ぎようとしている頃、同行しているルディが俺たちにそう告げた。
「やっとかぁ〜。」
俺は大きく背伸びをして凝り固まった体をほぐしながらそうこぼした。
この世界での長距離の移動手段は基本的にこれしかない。前の世界のように車や飛行機などがあるはずもなく、都市から都市への移動は数日掛かるのが当たり前だった為、文明の利器にかまけていた俺にとって、初めは苦痛でしかなかった。
だが、人は環境に適応できる生き物だ。何年も過ごしていれば苦しい環境にも自ずと慣れてくる。かく言う俺も、今ではぼーっと景色を眺めたり、イメージトレーニングをしたりして時間を潰せる様になっている。
それに今は仲間の存在も大きい。身の上話やベスボルの事、これからの展望につい彼らとの話は尽きる事がなく、語り合うのはとても楽しく有意義なものである。
そうして、馬車に揺られること約3日。
ルディの言葉を受けて馬車の荷台から顔を出してみれば、平原にどっしりと腰を据える大きな都市が目に飛び込んできた。
宗教国家ファイス宗国。
世界は精霊神が創造したという神話を敬愛し、精霊神への信仰を教えとする独自の宗教概念を持つ国。そして、他の国とは違い、王族ではなく神殿の最高位である最高法神官が治めている国でもある。
「あれが首都ゼテル?メチャクチャでかくない?」
広大な平原の真ん中に座り込む様に存在するその都市は、俺の故郷であるサウスなどとは比べ物にならないほど巨大で、その存在感についつい息を飲んでしまう。元の世界にだって、ここまで迫力のある都市はない。
それに、街の中心に立っている女神の像が特に不思議な存在感を放っており、そこに吸い込まれる様に視線が向いてしまう。
「ルディ、あれは?」
「あれはファイス宗国でいう精霊神様の像ですね。この国の人々とって世界は精霊神が創造したものであり、その神は女神だと信じられています。あの像はこの国ができて間もない頃、初代最高法神官長が寄付を募って建てたと聞いた事があります。」
「あれを中心に街が造られてるのか。しっかし広いなぁ。」
「ファイス宗国の領土は周りを囲む山から内側だけですからね。全ての国民がここゼテルに集まっていますから、その容量も自ずと大きくなります。」
「え?ファイスの都市ってここだけなの?」
国というから、てっきりいくつかの都市で形成されていると思っていたがそうではないらしい。周りを見渡すとこの地を囲む山々は遠く、広大な領地を保有していると想像できるが、逆に領土がそれだけだとするならば、他の国に比べるとかなり狭い国だとわかる。
「ファイスの人々は、"世界は精霊神からお借りしたものであり、必要最小限だけを使わせてもらう"という信条のもとで生活してますからね。」
「なるほどなぁ〜。この国の人たちは信心深いんだなぁ。」
俺はルディの説明を感心しながら聞いていたが、やはり彼の言葉遣いに対するもどかしさを感じてしまう。
「なぁ、ルディ。やっぱり敬語はやめようよ。」
「いえ、それはダメです。」
このやりとりは何度目だろうかと、俺は内心でため息をついた。仲間になったから敬語はやめようとルディには何度も提案しているが、彼は頑なにそれを拒む。その理由は単純で、俺とルディの関係は選手とスタッフであるからだという。俺はそんなの気にしないので何度もやめようと言っている訳だが、彼がこうやってきっぱりと断るので、俺もそれ以上は踏み込めずにいる。
唯一、ルーデスではなくルディと呼ぶ事だけは許してくれたけど、そもそも彼の方が俺たちよりも年上なんだから、気を遣わなくてもいいのにと内心でもどかしく感じているという訳だ。
「本当に綺麗な街なんだにゃ〜!」
一緒に顔を出していたミアが目を見開いて頷く様子に、俺はほっこりとなる。ミアは相変わらず純粋でとても可愛らしい。ジーナとは別に妹ができた様で、本当に嬉しく思っている。
一方、オーウェンはといえば、相変わらず荷台でカッコつけて座っているが、ミアの事をチラチラと見ている様子は、まるで厨二病の男子が体育会系の爽やか女子に想いを寄せている姿を俺に想像させ、ついつい吹き出してしまった。
「さぁ!まずはベスボル協会への聞き込みからだな!」
気を引き締め直してそう告げる。まもなく目的のファイス宗国に着くが、ここでやる事はシンプルに1つだけ。その結果が良いものになる様にと願い、俺は目の前に見える大都市を見据えていた。
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