150ストライク 協会長
「協会長!!いつお戻りに!?」
シャロンがそう言って駆け寄ったのは、男にしては長めの長髪と質素な丸メガネを携えた優しそうな男性だった。
「クレスでの仕事が早めに終わりましてね。予定より早く帰ってこられたんですよ。」
まるで子犬の様に駆け寄ったシャロンの頭をポンポンと撫でながら、彼は優しい声色でそう笑う。シャロンもそれに嬉しそうに笑い返しており、彼の人柄とシャロンの彼に対する信頼度が理解できた。
一方、俺はそんな彼らの様子を見ながら内心で大きくため息をついていた。あのまま誰からの邪魔もなく上手くいっていれば、ユリアの選手登録を取り消してさっさとクレス帝国に帰れたというのに。
しかし、協会長といえば名前の通りベスボル協会の責任者である。そうなると、彼がここファイス宗国でのベスボルに関わる事全てのトップという事になる訳だが、なぜそんな大物がここにいるのか些か疑問が生まれてくる。
俺はいまの今まで、アネモスとヘラクのベスボル協会長の姿を見た事がないし、以前それを疑問に思ってシルビアに理由を聞いてみたところ、彼らは様々な調整ごとの為に国中だけでなく各国を飛び回っていて忙しい、との事だった。
その時はそんなものなのかぐらいにしか思っていなかった訳だが、そんな激務をこなす彼らがなぜこのタイミングでこんなところにひょっこりと現れたのか。
俺にはその理由がすぐに理解できた。
さっきの言動から考えれば、彼はユリアの事、つまりは彼女のベスボルの才能に気づいているに違いない。「勝手な事をしては困る。」という言葉はシャロンにだけ向けられたものではなく、俺たちに対して向けられたものでもあるのだ。
ユリアはもともとクレス帝国の公爵令嬢で知らない者はいないほどの有名人だった訳だし、そんな彼女が帝国を出てファイスにいる事など上の連中にはお見通しという訳だろう。
彼女のベスボルの才能は、他に類をみないほどに溢れている事は周知の事実であって、俺が今している事はユリアの引き抜き。ファイス宗国の協会長としては見過ごせない一件だという訳だ。
丸メガネの優男がこちらへ笑顔を向ける。
「あなたはソフィアさんですね。あのイクシード家のご令嬢の……」
「……そんな事まで知ってるんだな。」
「それはまぁ……あなたはこの界隈じゃ、ちょっとした有名人ですからね。」
男は楽しげにクツクツと笑った。
一方で、ユリアやミアたちは今何が起きているのかいまいち理解できていない様子だ。
「勝手な事をしては困るってのはどういう意味?」
そんなユリアたちを横目に、俺は彼に対してわかっている上で敢えてそれを尋ねた。
先ほど言った通り、彼はファイス宗国のベスボル協会長であり、自国のベスボルの発展に尽力している人物である。彼はこの国に存在するベスボルの才能を探し、育て、ゆくゆくはマスターズリーグへと送り込む事で、この国の存在を世界へ示す為に日々費やしているのだ。だから、ファイスで選手登録をしたユリアの事をそうやすやすと見逃してはくれないはずだ。
それに相手は国と同等の権力を持つ機関だ。たかが辺境貴族の令嬢、しかも別国の少女が何を言おうと聞く耳など持ってくれないだろう。
だが、それでも俺には引けない理由がある。
俺はこの8年間、ユリアと勝負する事だけを願って努力してきた。彼女とあの勝負の続きごしたいという純粋な想いを胸に、ここまでやってきたのだ。
確かに、今のままでもいずれユリアと勝負する事になるだろう。だが、それはお互いがマスターズでプレーできる選手になるまで叶わない。俺たちなら最短で登り詰める事ができるかもしれないが、それでも長い年月がかかるだろう。せっかく会えたのにまたお預けなんて、俺には我慢できなかった。
優男の返事を待つ間、俺は彼をじっと睨み続けていた。
だが、そんな俺の視線を気にすることもなく、彼は優しい笑みを浮かべたままその答えを述べる。
「ユリアさまは今はこの国の選手なのです。それをあなたの判断で勝手に取り消されては困る。そう申したのですよ。」
男は笑みを崩す事なく、ユリアを指差してそう告げた。
それに対してユリアはさらに困惑の表情を浮かべているようだが、俺自身は男の態度にモヤっとしたものを感じており、それどころではなかった。
実はこういうタイプの人間は俺が苦手とする部類だ。ただヘラヘラと笑っているのではなく、心の奥底では何を考えているかわからないタイプ。こういう人間を相手にすると、想像以上に手強いものであるのだと過去の経験からそう判断する。
「なら、どうすればいい?俺はユリアを迎えにきただけなんだよね。連れ出せないのは困るんだけど。」
まずは様子を見よう。
受付嬢のシャロンにもユリアをベスボルチームに引き入れたいとまでは言っていないし、ここはあくまでも彼女を帝国に連れて帰りたいだけだという態度にしておくべきだ。
理由はなんとでもなる。勘当されているのでプリベイル家の名は使えないが、そんなユリアをイクシード家が養子に迎えたいとか適当な事はなんでも言える。
とにかく、理由はベスボルから離れたものがいいだろう。
そう考えて、言葉を選びつつ慎重に相手の出方を探ってみる。
すると、彼はクツクツと笑い出してこう告げた。
「いやいや、無理がありますよね。ソフィアさん、あなたはあのケルモウ氏が手がけるベスボルチームに参加されたと聞き及んでおります。そんなあなたがユリアさまを迎えに来た理由は1つしかないじゃないですか。」
予想以上に情報が出回っていたらしい。
俺は優男の言葉に顔を歪めた。
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