142ストライク 皇帝からの手紙

「それでケルモウさんのところを訪れて、俺と勝負させろと嘆願したって事か。」



 俺がそう問いかけると、ルディはこくりと頷いた。それを見ていたケルモウが彼の話に付け加える。



「彼が皇帝陛下から言伝を受けて来たと言い出した時は、まったく驚きましたよ。貴族でもない彼が皇帝陛下と繋がりがあるなんて、にわかに信じ難かったですからな。ですが、同時に私は彼の中に何かを感じた。そして、それが何なのかを知りたくなった。だから、言われたとおりにあなたへの試験管として雇ったんです。」



 ケルモウはそう言うと、俺に深々と頭を下げた。

 俺はそんなケルモウに対して、頭を上げる様に伝える。頭を下げられるほど俺は偉くはないし、今回の事で何か嫌な思いをした訳でもないので。

 頭を上げ、それでもなお申し訳なさそうな顔を浮かべるケルモウに笑いかけながら、俺はルディの話を思い返してみた。


 ルディが俺と同じ無属性だった事には正直驚いた。

 だが、それを見抜いて解決したのが皇帝だという事にも驚きを隠せない。俺自身が悩んでいた事でもあり、いったいどうやってそれを解決したのかという事に興味があるし、今日の試合で見せたルディの力の秘密も知りたくて仕方がない。

 だが、それを聞くのはエチケット違反というものだろう。俺だって自分の能力に関する情報を全て明かしている訳ではない。通常の生活で使うものはいいが、ベスボルや戦闘で使うとなると、それは死活問題になりかねないからな。



「で、それが皇帝からの手紙なんだな?」


「あぁ。これに関しては僕も内容は見ていないから、なんて書かれているのかはわからないけどね。」



 ルディから手紙を受け取って封を切る。そして、中から綺麗に折り畳まれた便箋を取り出して、それをゆっくりと開く。



「とりあえず、読んでみるか。」



 周りのみんなもその内容が気になっているらしい。この国のトップから直々のお手紙だから仕方ないのだろう。ケルモウなんて、ごくりと喉を鳴らし目を見開いて俺の言葉を待っているくらいだし。



「では……ソフィア=イクシード殿 貴殿においては益々躍進されている事であろう……」



 前世でも見た記憶がある一般的な手紙の前文から始まった皇帝からの手紙。俺はそれをゆっくりと口に出して読んでいった。


 あの試合で俺が負った怪我に対する見舞いの言葉から始まった皇帝の手紙には、その大部分に俺に対する賛辞とユリアとの勝負に関する賞賛が並べられていた。

 まさかこんな他愛もない話をしたくて手紙をよこした訳ではないだろうと思い、本題に入るべくその辺りは適当に流し読んでいるとケルモウや他のみんなに怒られた。皇帝からのお言葉なのだからもっと心を込めて読むべきだと。

 俺にとって皇帝とは国のトップ程度の存在なので怒られた事には納得がいかなかったが、このままでは話が進みそうにないので、恥ずかしながらちゃんと皇帝の気持ちになって読む事にした。

 だが、その後の話は驚くべき内容だった。



『試合は見事なものだったが、ユリア=プリベイルはこの後、勘当されるな。当主であるマルクスは厳しい男だから、実質的に君に負けたユリアを家に残してはおくまい。そして、彼はベスボルからは手を引くだろう。君は試合に負けたが、勝負には勝ったという事だ。観客の心にはソフィア=イクシードの名が深く刻まれたのだからな。』



 この話を読んでいて、俺の脳裏にムースの言葉が蘇る。


ーーーマルクス様はその責の一部はユリア様にあるとして勘当なされた。


 奴を捕まえた時、その話を聞いて怒りが込み上げたのは記憶に新しい。だが、それよりも気になるのは、この手紙に書かれている皇帝の言葉がそうなる事を想定していた言い振りだという事だ。

 この手紙は試合が終わった後にルディへ手渡されている。ならば、皇帝は試合中にこれをたしなめていた事になる。

 という事は……



「……皇帝があの試合に深く関わっていたって事か?」



 俺はそう推測して小さくそう呟いた。

 唐突な俺の言葉にケルモウたちは意味がわかっていない様だが、それもそのはず……この話は当時あの場にいた俺にしか理解できないと思う。

 とりあえず、俺がユリアとの対決した当時の事を簡単にだが話してみると、皆当時の話題について熱く話し始めている。


 その輪から少し離れたベンチに座り込み、俺は小さくため息をついた。

 正直なところ、俺にも皇帝がどこまで関わっているのかは現段階ではわからない。まるで未来が視えている様な行動から考えるに、もしかすると全てを掌握していて俺たちを手のひらの上で転がしているのかもしれない。

 俺がケルモウと会う事を予測して、ルディを差し向けた事についての理由も気になる。単にこの手紙を渡したかっただけなのか。それとも何か思惑があっての事なのか。



(ん……?まだ続きがあるのか。)



 だが、手紙にはまだ続きがある事に気がついた。どこか見覚えのある文字で、まるで隠す様に便箋の隅の方に小さく書かれているその文章を1人覗き込む。



「こんなの見落とすかもしれないじゃないか。何を考えて……」



 愚痴をこぼしながらその文章に目を向け、書かれていた内容を途中まで読んだところで驚きで声を失った。



『君は転生者……で間違いないな。』



 しかもそれは、この世界の言葉ではなく俺が元いた場所である日本語で書かれていたのである。

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